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2005年9月29日 (木)

北緯40度

hokui40 65km手前の北緯40度ゲート通過時の写真です。

ここに至るまで苦戦の連続、それでもこのゲートを通るときには自然と笑顔がこぼれます。

2005年9月28日 (水)

秋田100km完走記&反省記(完)

記録…8時間56分16秒(手元計時、自己ワースト2位)

いろいろな困難に向かっていく過程で、練習に身が入らなくなってしまった危機的状況を乗り越えて、この大会2週間前あたりからようやく「手ごたえ」らしきものをつかめていたので、「せめて」38℃近い発熱を乗り越えて10位入賞したときの記録8時間31分ぐらいではいけると思っていた。しかし、今回の結果のとおり、マラソンの神様は練習不足のわたしが「結果」を出すことを許してくれなかった。まさに「練習は裏切らない」、そのとおりだ。

スタートしてから中間点までは冷たい雨模様、自分にとっては「苦」にするどころか、5年前に9位入賞したときの状況と非常によく似ているので、「ラッキー」とよろこんでいた。あのときには、雨模様に加え、けがによる体調不安を抱えての出走だった。だから、「奇跡は繰り返す」と信じていた。自分の中では。。。 しかし、その考え方は10kmもいかないうちに崩れ去ってしまった。5~10kmが24分、これは100km走って以来14年間なかったことだ。その後も、ぼてっとした重たい走りが続く。調整不足もさることながら、睡魔と尿意に襲われ始めた。予想していたタイムよりも、5kmごとに1分30秒単位で遅れていく。その積み重ねが焦りにもつながっていく。20kmすぎで第1回目のWC、このあとゴールまで9回もWCのお世話になろうとは予想だにしなかった。

30kmの通過タイム2時間26分を見て、さすがにがっくりきた。気持ちが折れそうになった。まさに13年前、40km地点で途中棄権したときの状況とよく似ている。あのときも十分に練習を積めていなかった。後続から何人もに抜かれ、「今日の自分はだめなのか?」とさえ思ったこともあった。

でも、このコースのポイントである大覚野峠越えを迎えるあたりで、セカンドウインドを脱したような感覚になった。雨で給水要らずの走りやすい気象状況が追い風になっているようだ。急激な上りでも、いつもはあえぎながら上っているのに、今回はスムーズに上れている。そして、最高点550mを過ぎて下りに入ると、上るような感覚で着実に下っていく。後半戦に期待をつなげそうな余裕感があって、「奇跡」を念じながら走り続けた。

中間点は4時間16分、もちろん100km出走以来最も遅い通過タイム。ここからの50kmを4時間ちょっとでいけたらとリズムを大切にして走る。でも、ここからとめどなく尿意に襲われ始めた。50kmから65kmまで実に5回のWCタイム、自分の体がどうかしてしまったのだろうかとさえ思えた。普段の100kmでは全体でもせいぜい3回程度なのに。。。 1回1分として約10分のロスタイムであることもさることながら、立ち直ろうとしていた貴重な復調の芽を自らの手で摘み取ってしまうことになってしまったことが非常に痛かった。事実、60kmあたりの国道105号の側道に差しかかったときには足が止まっていた。

60kmぐらいからは雨も上がり、陽も差し始めた。むしろ暑さも実感するぐらいになった。おかげで気持ちが明るくなった。徐々にしぼみかけていたいいムードも思い出し始めていた。沿道では、大会プログラムを見て、わたしが書いたコメントを読みながら、「奇跡を信じて、8度目の完走目指せ!」とエールを送ってくれる方々もいらっしゃり、自分の心の中でその「奇跡」を念じているうちに涙が出てきてしまった。65㎞手前の北緯40度線の記念撮影ゲートあたりでは、涙を笑顔に変えようと、精いっぱい「走るよろこび」を表現して通過した。そこでの「笑顔がいいよ!」という声援にまた涙。まるで、14年前にはじめてこの大会で100㎞を走ったときと同じだ。思えば、今年1月の宮古島100㎞ワイドーマラソンでの年代別優勝以来今日まで、「はじめて100㎞を走ったときの気持ち」を忘れかけていたように思える。自分にとっての「マラソンの聖地」で、マラソンの原点を思い起こすことができた。それが今回とてもうれしかった。

こうして65km以降復活し、うまくいけば昨年に近い8時間30分台もいけそうと思った。しかし、今年は勝手が違った。72kmのエイド手前で3人のランナーに抜かれ、置いていかれた。昨年このあたりは友の「引力」に導かれてキロ5分を切るペースで走れた得意区間、でも今度は逆に前方の3人がキロ5分を切るペースなので立場逆転。思い出の場所で声援を送ってくれる知人も今年はいない。そして、「引力」で引っ張ってくれるランナーも今年はいない。徐々に「追い足」が鈍ってきた。80kmを通過するころに、「浜辺の歌」のサイレンが聞こえてきた。昨年は83kmの米内沢の橋の上で風になびいてこのサイレンが聞こえてきた。この段階で昨年との差は16分、このままいけば、ぎりぎり8時間40分台、でも残り20kmを2時間かかってしまうと、生涯初の9時間台に突入してしまうので気が抜けない。(はずだった。) 

80kmすぎてから、性懲りもなく尿意をもよおして9度目のWC。そのすきに女子2位の選手に抜かれた。そういえば、57kmのWCタイム時にも、女子トップのあべちゃんに抜かれたんだ。コースに戻って走り出すと、ももが鉛のように重い。今年のサロマの再現、学習効果ゼロだ。体感では5km32~33分に感じた。このままでは、初100kmから14年守り通してきた完走タイム8時間台は危ない。正直、この区間が今回最も苦しかった。

そんなわたしにも「救いの神」あり。昨年浜辺の歌を耳にした橋を渡って左折したところで、沿道にいたおばあちゃんから「ちゃっこいのどう?」って、冷えた缶コーヒーを勧められた。日差しが強まってのどが渇いていたので、氷の敷き詰められたワゴンの中から、アメリカの州の名前のついた缶コーヒーを手にして飲み干す。おいしい。横からおばあちゃんが、「兵庫からきたのに、よく秋田の言葉わかったね」と感心された。そこでの短いやり取りですっかり息を吹き返した。おばあちゃん、ありがとう。

そのあとは、ちょうど後ろから追いかけてきた黄色いユニフォームの長身のランナーと単調な農道を並走する。はじめはついていくのがやっとだった。でも、この人よく見ると、わたしが会社に入社したときにお世話になったマラソンの師匠を彷彿させてくれるような走り方だ。今でも尊敬する師匠の面影を追いかけるように走るうちに元気さもりもり、逆にこちらから引っ張るようになった。そして今回楽しみにしていた89kmの合川町エイドにたどり着く。そう、昨年ここで「ゆきちゃん」と熱烈な(?)声援を受けたところだ。ことしはそれはなかったけれど、エイドの主任がわたしのことを覚えてくれていた。それだけでもうれしかった。

ラスト10kmは向かい風、8時間台に向けての「貯金は何分?」と1kmごとに数えながら走る。先ほどまで並走していたランナーも置いて余裕の走りになってきた。ただ、5km29分台なので思ったほどペースは上がっていない。1秒でも早くゴールしたかったので、思い通りに動かない体を四苦八苦しながらゴールへと向かっていく。ラスト2kmで前方10mにランナーをとらえたがゴールまでその差は変わらず。そして商店街のアーケードをすりぬけ、ゴールゲートへと続くロードへ。タイムはへろへろだったが、一時は危うかった8時間台でのゴールを11回続けることができたよろこびから、入賞したときにやろうと決めていたガッツポーズを思わず出してしまった。心の底からうれしかった。やはり、ウルトラマラソンは、ゴールすることに価値がある。

今回の大会で、「練習」の大切さを思い知った。来年はだぼはぜのようにウルトラの大会に出るようなことはしない。100kmは「秋田」一本にしぼります。そして、今年の無念ともどかしさを晴らすべく、パワーアップとシェイプアップして戻ってきます。

ありがとう、秋田!

2005年9月26日 (月)

秋田100kmラップと寸評

24時直前に帰宅しました。

秋田100kmのラップと寸評を簡単にまとめました。完走記(反省文?)は追ってアップします。

    通過  SPLIT 寸評
 5km 0:23:09 0:23:09 まずは想定の範囲内。
10km 0:47:09 0:24:00 ここで24分とは。。。
15km 1:11:27 0:24:18 この時点では異変と感じず。
20km 1:36:14 0:24:47 やばいと思い始めた。
25km 2:01:15 0:25:01 WC1回め。タイムはぎりぎりの線。
30km 2:26:50 0:25:35 ここから秋田史上最悪タイム。
35km 2:53:26 0:26:36 完走できるか不安になった。
40km 3:21:58 0:28:32 峠越えで復調の兆し。
45km 3:48:55 0:26:57 いいリズムに乗って走れた。
50km 4:16:07 0:27:12 余裕があり後半に期待したが。。。
55km 4:42:05 0:25:58 前方に足の変調と闘う友の姿。
60km 5:10:16 0:28:11 ここでWC3回。復調の芽を摘み取る。
65km 5:38:18 0:28:02 記録を諦め、8時間台死守に切替。
70km 6:04:50 0:26:32 再び復活。8時間半に届けと希望を託す。
75km 6:32:18 0:27:28 72kmで抜かれた3人を追えず。
80km 7:00:17 0:27:59 追い足が止まり始めた。
85km 7:29:24 0:29:07 9回めのWC。ここが最もきつかった。
90km 7:58:24 0:29:00 初の9時間台を覚悟。
95km 8:27:42 0:29:18 並走の走者を引き離し、安全圏に。
100km 8:56:16 0:28:34 苦しく長かった旅路。これも勉強。
前半 4:16:07
後半 4:40:09
差   0:24:02

2005年9月25日 (日)

秋田100km記録

2ndワースト。


完走タイムオール8時間台は11回継続。秋田は8度めの完走。練習不足で苦しかったけれど、初めて100km走ったときの気持ちを思い出せ、感無量。200509251534.jpg

おめざめ

あまり眠れズ。
でもこれも経験、この条件でしっかり走り、長い一日を楽しみます。

2005年9月24日 (土)

着いたー

いよいよ。。。200509241351.jpg

大会プログラムへの記載コメント

「昨年は高熱を乗り越えて、奇跡にも思えた10位入賞。今回は、まずは五体満足でスタートラインに立つことを目指します。そして8度目の完走を!!」
・・・昨年のアツイ走りを思い出してきました。調整いまいちながら五体満足、そして気合十分。何とかなるさ!
@こまち号

秋田えき

緊張感のすきまのほんのひととき。もと鉄道ファン(ヲタじゃないっす)につき、ついつい。。。200509241238.jpg

秋田到着

ただいま、こまち号を待つ秋田駅の構内。五目わっぱ飯おいしかったです。待ち時間は60分、はやくこまち号こないかな?

秋田へテイクオフ

朝の1000m刺激走、軽く流して3分54秒。歩くにも息切れしていた昨年よりはよいです。(当たり前か) いい意味での緊張感に包まれています。結果は走ってみないとわからない。だから、最後まで粘り強くゴールを目指し、最後は笑顔を忘れずにフィニッシュします。
さあ、勝負の舞台・わたしのマラソンの原点である秋田へテイクオフ!

2005年9月23日 (金)

大会2日前

いつも最高に緊張する大会2日前、今回は休日なのでラッキー、コンディショニングに集中できる。とはいえ、昨晩横になってからTVつけっぱなしだったため、お目覚めが悪く、朝練習ではいまひとつ。走り終えた後、正午近くまで眠っていたら調子が戻った。

午後からは、2日後の大会で身につける「勝負ランパン」やその他もろもろグッズを買いに、大阪心斎橋のアートスポーツへ。そのアートスポーツ大阪店、残念ながら9月いっぱいで店じまいだそうな。。。 店員さんとのおしゃべりをいつも楽しんでいた上、近場のランニングショップがなくなってしまうのはほんとうに心惜しい。予定していたもののほかに、スペアのジョギングシューズも買ってアートをあとにした。閉店セールといいながらも、バナナの叩き売りのような値崩れはしていなかった。自分自身、これでお気に入りのランニングショップの閉店は2店目。前回は葛西にあった「元気王国」、もう4年ぐらい前の話だが、そこでも店員の方とのおしゃべりが楽しかった。そして、そのお店の会員の中での「100kmランキング№1」だった。(もっとも、その記録は閉店後しばらくして、昨年の秋田100kmチャンプに破られてしまったが、閉店後だったので、自分の記録が「永遠」のものになってしまった。)

勝負ランパンはオレンジ、先代のイエローもよかったけれど、昨年のものはすぐ股ずれしてしまうし、そのあとのものは「サロマ」でミソがついてしまったし、デザインもイマイチしっくりこなかったので、気分転換を兼ねて先代になるべく近いものに。なかなかのお気に入りです。

そのあと、いつもの今津やまとの湯でリフレッシュ。あかすりでは相性の悪い方がついて、しばらく忘れかけていた左腰の打撲跡をぐりぐりやられるなどさんざんだったが、ゆったりできた。帰り道にi-podのコントロールが効かなくなり、おしゃかを覚悟したが、自宅に戻ったら治っていた。2年選手で、時々ごきげんななめになるので、そろそろ買い換えようと思う。

あすは、「すぱっ」と刺激を入れてから、秋田角館に乗り込みます。まずは9:15大阪伊丹空港発の飛行機で秋田空港へ→連絡バスで秋田駅へ→こまちで角館へ。角館には13:46着の予定です。おなじみの方々、今回はじめてお目にかかる方々との出会いも楽しみにしています。今年はどのような表情で秋田内陸路はわたしを迎えてくれるのだろうか。。。

2005年9月22日 (木)

見えてきたスタートライン

本日の業務、四苦八苦しながら無事に終了。あとは、角館に乗り込んで「秋田」の号砲を待つだけ、おぼろげながら、「目指すべきスタートライン」が見えてきた。

ここに至るまで、いろいろなことがあって、一時はスタートラインに立てないかもしれないと覚悟した。心労やストレスで思うような練習ができなかった。体重も昨年よりも2kg増えてしまった。ランナー失格と言われても仕方ないと、落ち込み、傷ついたこともあった。つくづく「自分の弱さ」を痛感した。でも、9月に入ってからようやく開き直ることができた。そして、周りの人たちの頑張りが「力」になった。この状態で「人事を尽くして天命を待つ」なんて言ったら罰があたってしまうだろうけれど、「やればできる!」という気持ちだけは絶やすことなく、秋田内陸路の100kmでの長い1日を走りきりたい。

けさ、読売テレビの「ゲツキン」という朝のニュース番組を見ていたら、95歳にして今もなおご健在でマラソンを走られているおじいさんが紹介されていた。「終わりよければすべてよし」ということで、後半に力を発揮できるようペース配分に留意すべきとのコメントもさることながら、次の座右の銘が非常に心に残ったので紹介したい。

 天を敬い
 天を畏れ
(おそれ)
 天に従う

このことばを胸にしまいこんで、大会に臨みます。

2005年9月21日 (水)

ウミ・産みの苦しみ

2日続けて午前5時ジャストに出走。けれど、きょうはきのうと様子が違う。動きにシャープさが見られないばかりか、途中で何度か咳きごんだ。その影響で頭が痛く、熱っぽさを感じた。昨年の大会直前の「悪夢」が脳裏によみがえってきた。もしも今年同じ目にあえば、練習での「蓄え」のあった昨年のようには行かない危機的状況に陥ってしまう。そして、昨年の感動的な奇跡のゴールした意味も台無しになってしまう。やばいと思った。けれど、気持ちを切り替えた。「きっと、走っている最中に蚊柱を吸い込んでしまったのだろう。」と。。。 もっとも、実際吸い込んだ自覚症状なんてない。自己暗示です。

たぶんに、本日の「変調」は、大会前の緊張感も影響しているように感じる。大会当日、よりよい状態で臨めるようにと、自分の体内にある疲れや不純物を「ウミ」として外に出そうとしているのではないか。これぞまさしく、産みの苦しみ。。。

夕方には頭痛も抜けてくれた。あと1日出勤すれば、目の前に「秋田」のスタートラインが見えてくる。もうひとふんばりだ!

2005年9月20日 (火)

午前5時の光景

秋田100kmのスタート時間にあわせ、午前5時に出走。しばらくお寝坊さんが続いていたので、この時間に出走したのはいつ以来なのか思い出せなかった。外の景色がこんなに暗くなっていたなんて気づかなかった。外はまだ夏の暑さの名残りが残っているのに、この朝の光景があるとは信じがたかった。あと3日で秋分、暦の上ではそうだけど。。。 おそらく、「秋田」を走り終えてから、名実ともに「秋」が訪れるのかもしれない。そして、この薄闇の世界こそが、「秋田」のスタートの光景そのものなのだ。

最初は体が起床していなかったのでいまいちの調子だったけれど、徐々にいいリズムになった。本日は10kmちょっと走っておしまい。あすからは、ひとけたに落とすつもり。走り終えた後はいつになく爽快感を実感した。「早起きは三文の得」というけれど、どうしてここ最近、こんな「あたり前のこと」を実行できていなかったのだろうかと反省の念も絶えなかった。慌しさやストレスで、「何か」を忘れていたのかもしれない。終わったことを悔やんでも何も生まれないので、今は「日々の充実感」を、9月25日の「秋田」の舞台につなげていこうと思っている。「やってやれないことはない」・・・これが今の自分の気持ちです。

徐々に体に疲れが出てきているみたいだ。大会前の緊張感の仕業と思うが、今のうちに「うみ」といっしょにあぶりだし、大会当日はフレッシュな状態で臨めるようにと願っている。

2005年9月19日 (月)

リラックス

やはりきのうのペース走の疲れが残っているみたい。14kmに短縮して正解だった。秋田100kmまであと6日、午前5時のスタート時間に向けて、体を慣らしていく必要がある。この3日、完全に午後のランナーになっているので、スタート時間にあわせた練習にしていくことがあすからの課題である。就寝も極力午後10時までにはと思っている。そして何よりも、リラックスを心がけないといけない。

100kmは長い道のり、馬力や気力だけでは走れない。いいリズムで、リラックスした走りでどれだけ長く走っていけるかがポイントと思っている。振り返ってみると、昨年のサロマ・秋田・今年の宮古島ではそれができて、今年のサロマではできなかった。ポイントはいくつか自分の頭の中にある。そこを自分の思い通りの走りができれば、結果がついてくるだろう。普段の練習でも、そのポイントを意識・イメージしながら走っていこう。

2005年9月18日 (日)

秋田100kmまであと一週間

来週の今ごろは秋田100kmを疾走中。。。そのような思いを胸に最終調整へと向かいました。いつもの武庫川マラソンコースを一往復の14km、20km走るつもりで出走したんですが、体が「来週に備えて14kmにしておけよ。」って語りかけてきたので、途中で軌道修正しました。

結果は1時間6分34秒、だいたいキロ4分40秒台で走れました。サロマ前は1時間4分台、昨年の秋田前は1時間2分だったので物足りなさはありますが、ラスト一週間でようやく手応えつかめたと思えます。昨年は上記のタイムの通り絶好調に仕上げながらこのあと風邪をひいてしまった苦い経験があります。スポーツに「たら」「れば」は禁句ですが、昨年の直前の体調だったらこわいものなしでした。今年はそのようなことを言えるレベルにはないので、まずは直前の体調管理に気をつけます。風邪ひかなければ、せめて昨年の記録は上回れると思っています。

「秋田」へのイメージがだいぶん膨らんできました。あと一週間、静かに燃えて本番に備えていきます。

2005年9月17日 (土)

本日の練習

きのうの弾丸ツアーが効いて午前中はずっと寝ていた。走り始めたのは午後2時50分ぐらい、休養十分だったので15kmを流して走れた。3000mの刺激を入れ、9割の力で12分29秒。キロ4分10秒は楽勝のはずだったが、中盤たるんでラストは意外と余裕なかった。すべては明日の20kmペース走にかかっている。

さあ、そろそろ寝よう。

2005年9月16日 (金)

大阪到着

やれやれ。お昼に出発して東京で3時間会議後そのあしで帰阪。弾丸ツアーでした。
3連休は、秋田100kmに向けての調整にラストスパートかけます。

座れた

名古屋で奇跡的に座れた。品川で買った「ひつまぶし・味噌カツ弁当」がお守りがわりになったかな?不思議な縁です。ちなみに今日の運勢は大凶でした。これで一発逆転だい!

東京出張

急遽東京への出張、帰りの指定を取っていなかった上、指定は全滅、自由席も座るどころか立っているスペースが狭い。新大阪まで二時間半立ちっぱなしです。締まりのない週末なのだ。腹減ったけどお預け状態、兵糧攻めにあっているみたい。

2005年9月13日 (火)

見納め3

♪みおーさめ、みおーさめ。。。(蛍の光のメロディーにあわせて)

200509132040.jpg

見納め2

取り壊しは今日見たインターネットで初めて知った。日曜日にここで写真撮影する人がなぜ多かったのか、ようやくのみこめた。今日はオーラスなのでもちろん大盛況。200509132038.jpg

見納め1

阪急梅田駅の旧コンコース改装により、美術館のような天井の外装も今日で見納め。名残惜しい。

200509132039.jpg

2005年9月12日 (月)

ナンバー2

朝はいつもより早く目が覚めていたが、きのうの「選挙」の結果を報じるTVを見入っていたら5:40を過ぎていたのであわてて朝のロードへ。ここでひとつちょんぼ、きのうの練習で擦れて痛かったちくびにバンドエイドを貼り忘れた。おかげで2kmもいかないうちに痛くなり、Tシャツを持ち上げて患部に触れないようにしないとがまんできなくなった。思えば、8年前の秋田100kmでは、70kmすぎで股関節が痛くなっただけでなく、弱った体にちくびの擦れた痛みがこたえてリタイアという汚点を残している。その大会以降、ちくびにはバンドエイドを貼るようになった因縁ある大会であったものです。

武庫川河川敷に出てしばらくすると、前方から赤いスポーツウエアと黒のミドルパンツをはいた男性の姿が近づいてきた。どうやら、ウオーキングしながら河川敷を行き交う人たちすべてに何やら声を掛けているようだ。自分の視界に迫ってきたとき、この方が昨日の衆議院議員選挙の兵庫8区に出馬された方であることがわかった。この方は、自分を含め、河川敷を行き交う人たちひとりひとりに「ありがとうございました」と声をかけられていた。右手の甲には、数え切れないほどの握手による疲れで腫れた跡と白い湿布が見えた。わたしはこの方に一票入れた。きのうのダイアリーに書いた「批判票」という意味合いだけでなく、武庫之荘駅前での街宣の様子から好感を持っていたから。そういえば、ここの党の候補者は、前回の尼崎市議会議員選挙でも、自転車に乗って武庫川河川敷にあらわれて、「候補者本人」と記したマークを肩からかけて、こうして皆に声を掛けていたことを思い出した。でも、結果は巨大団体の首脳に一歩及ばないナンバー2、比例区でも拾われず。なかなか思うようにはいかんざき。全体ではナンバー2だったけれど、武庫川河川敷での支持率は文句なくナンバー1であったことを示した朝の光景だった。

ナンバー2といえば、この候補者が属する政党もそうだけど、世の中にはナンバー1向きの人材とナンバー2向きの人材がいると思う。ナンバー1はここで記すまでもなく、強力なリーダーシップを持って、明確なビジョンを説得力あるパフォーマンスで示しながら、ぐいぐいと引っ張っていくタイプ。いわゆる「仕切り屋」的人間だろう。それに対して、側面からのサポート、貴重なバイプレイヤー、参謀役のような役回りを演じるのに向いているのがナンバー2ではないか。自分は「もちろん」後者ではないかと思う。自事業所の経理部門の責任者としての役回りもあるけれど、上司の事業所長を支える役回りもまた重要です。立身出世と言う意味では損な性格かもしれない。でも、世の中出世がすべてじゃない。そして、マラソンも記録や順位がすべてじゃない。大切なのは、自分なりの目標や課題を設定し、その達成に向けて全力で取り組み、前に進んでいく。そして「チェック」「反省」による軌道修正を行いながら、何度も挑戦しつづける姿勢を貫き続けることではないかと思う。

「負けないことがえらいんじゃなくて、何度でも立ち上がるのが希望」…わたしが今、いちばん大切にしていることばです。(わたしのお気に入りのミュージシャンの歌のフレーズにあることばです。)

2005年9月11日 (日)

合同練習(+α)

本日は会社の友人と合同練習、9:30に大阪城北詰で待ち合わせ、淀川を北上して枚方付近で折り返すコースを3時間弱走りました。わたしのほうは終始リズムよく走れ、遅ればせながら「秋田」へのめどがついたかな。。。という感じでしたが、友人のほうは折り返し後にアキレス腱の違和感から途中離脱、最後はひとりぼっちのゴールでした。友人も調子よさそうだったのに、前半入れ込みすぎたことが影響したとのことでした。これは決して「人ごと」ではないと肝に銘じ、「秋田」に臨んで行きます。

合同練習に行く前に、自宅の向かいにある小学校へ衆議院選挙の投票に行ってきました。わたし自身は郵政民営化は賛成だけど、アノ「やり方」には感心できなかったので、「批判票」を一票入れてきました。いろいろな考えがあると思うけれど、これもひとつの「自分らしさ」かな。。。 

帰宅しました。そしていろいろ。。。

無事に家にたどり着きました。いろいろ気を遣ったので疲れがどっと出ました。

あす(厳密には今日か。。。)は友人との2人だけの練習会、友人は「四万十川」、わたしは「秋田」を目指し、いつもよりは若干距離を伸ばす予定です。

ここまで「秋田」に向けて、いろいろなアクシデントや自己の怠慢もあって、十分に練習ができてこなかったです。1kmでも、1分でも、大切にしようという気持ちが、慌しい「日常」に吸い取られてしまったのかもしれない。でも、大会に出るのは「結果」のためだけにあらず、持てる力を「全力」で、「魂」を込めて発揮して、心地よい充実感を得ることを大切にしていきたいと思います。練習できなかったことは「反省」しますが、そのことを決して卑屈に思わないようにしたい。何ごとも、「前に進む」ことが大事。そして、「努力」は決して人に誇示するものではない。何の得にもならないと思う。一時的には言いたいことを言えてすっきりするかもしれないけれど、そんなところにエネルギーを消費するよりも、努力した証しを「黙って」結果で示せばいいのではないかと。。。 それがわたしの「努力観」。

自分はかよわいランナー、まずは自分の力を十分に発揮できるようにしたい。そして昨年大会のように怪我や病にやられないようにしたい。もっとも、自己管理の至らなさから病や故障が起きる傾向は高いけれど、事故や急病など、どれだけ気をつけていても防ぎきれないこともあります。だから、「不摂生」と後ろ指を指されぬよう、「やるべきこと」はしっかりやっていこう。

2005年9月10日 (土)

実家にて

きのうから二日間、かみさんの実家にお世話になりました。お祝いの品をお渡ししたところ、母がi-podをずいぶんとお気に入りのご様子で、想定外のよろこびでした。夜はご家族と、六年前に結婚式をあげた思い出の吉祥寺第一ホテルで祝い膳、日本料理とにっぽんしゅをたつぷりいただきました。
朝は二日酔いを引きずりながら、近くの武蔵野市陸上競技場の一周900mのコースを9周しました。落ち着いた環境をのびのび走れ、二日酔いもいつのまにか抜けました。家庭料理もたっぷりいただいて、家路に向かってます。あすは友人との練習会です。

2005年9月 9日 (金)

おやすみいただいて上京中

上司のおゆるしをいただいて、本日上京してかみさんの実家に行くことに。きのうは朝は頭痛、夜は今日の旅支度でばたばたして出走は23時ちょい前からたったの36分でした。
本日は旅立つ前に80分JOG、きのう日付変更前に走った疲れが残っていたみたい。
それはそうと、わが体重が2ヶ月ぶりに○○Kgになりました。 (@のぞみ号車中)

2005年9月 7日 (水)

台風、頭痛、そして

朝、台風で目がさめた。これは走れないやと思うよりも先に、頭痛で起床できない。7時ごろようやく会社に行く準備をしたが、頭痛で気持ち悪かったので「ばはりん」2錠飲んで出社。出勤する頃には雨も上がっていたが、とても走れる体調ではなかったようだ。

仕事を終えて走ろうと思いつつも、月初の仕事の疲れが出て気乗りしない。しばらく寝床で横になっていたが、夜9時30分すぎにようやく「走ろう」という気持ちになれた。「秋田100km」に賭ける思いが自分を夜のロードに導いてくれた。「秋田」まであと18日。夜のロードを60分、腰の打撲もマイルドに感じはじめ、いいリズムで走れた。

間隙を縫って

台風接近で出走は絶望と思っていた。でも、起床して外見ると走れそうなお天気。寝坊したのはもったいなかったが、ここで走らなければまたさぼりになってしまうので、「つなぐ」ことを重要視して、50分走ることにした。台風の間隙を縫って、ほんとうに貴重な時間を走りに充てることにできた。でも、キロ7分を超えていた。腰の痛みもあろうが、何ということだ。お天気はあすはマジでやばいかもしれない。

金曜日、家内の実家に上京することになりました。たぶん一泊することになるでしょう。用事が済んだら、皇居あたりを走ってみようかな?

2005年9月 5日 (月)

881

朝、やっぱり腰が痛い。起床に苦労して何とか走るも、鈍い痛みが腰に響く。帰宅後体重測るとこれまた。。。 足りない人に分けてあげたい。(神様のような性格?) 出勤時ベルトを締めると、明らかにぼてっと腰周りが膨れているような感じがした。おまけに台風接近ときている。ほんとうに、「881」(や・ば・い!)

それにしても、日曜からお天気が一変しましたね。そういえば、先週土曜日にTUBEの前田さんが「きょうの甲子園のコンサートが自分たちの『大晦日』だ」と言っていた。今年の夏もそれにお付き合いするようにほんとうにそのとおりになってしまった。走る分にはいいかもしれない。でも風邪の危険性もあるので、注意して調整します。

あすは大雨でも走りたいです。

2005年9月 4日 (日)

やっぱり痛いです

きのう強打した腰が痛くてお昼まで横になってました。走ろうと思って玄関の外に出ると突然のにわか雨、雷まじりだったのでもう2時間待って走ることにしましたが、やっぱり着地すると痛かったです。特に下りではモロに衝撃がきます。20kmぐらい走ろうと思っていたけれど、武庫川堤防を16km走る練習にとどめました。これでは安全運転せざるを得ないです。ちょっと体のリズムがいいだけにもったいない。思い通りの練習ができず、体の痛み以上に痛々しさを感じました。

帰宅後おふろで患部を鏡に映したら、擦り傷に交じって青あざがちらほら。世界陸上での為末君のゴールのように倒れこんで一塁ベースにフィニッシュしたから。。。 こんなことなら、ヘッドスライディングのほうがよかったな。

あすからまた走りたい。でも「大丈夫かな?」と一抹の不安も否めません。

2005年9月 3日 (土)

腰を強打

ソフトボール大会、ぼてぼての内野ゴロをすかして一塁にかけこんだときに勢いあまって転倒。腰から落ちて強打しました。なにかに触れるだけでも痛い。会場から家までの4kmはリュック背負って走って帰ったけれどね。たぶん打撲でしょう。あすの練習に影響なければと願ってます。
ソフトのあと、阪神甲子園球場へ。甲子園なのに「中部」、これいかに。
グラウンドに降りて、はじめて「甲子園の土」を踏めました。鉄板ごしでしたが。踊り疲れた、そして汗だくになりました。偶然コンサートが2日続きましたが、心地よさをみやげに家路へと。

もう9月か

まさに標題の通りの実感です。最近疲れが抜けきれず、これまでなら何てことなかった無理もここ数ヶ月は体にこたえて、朝練習の時間も少なめになっています。夜走ればいいんだけれどね。。。

今月は、自分にとっての最大のイベント「秋田100km」があります。はっきりいって、今回は史上最低の練習振りです。終わったことを後悔しても仕方ないので、とにかく「仕上げること」に重点を置きます。

本日(2日)は「大黒参り」に行ってきました。大黒様でも、サッカー日本代表のアノ選手でもありません。「熱くなれ」の人です。場所は大阪厚生年金会館ホールで、会社帰りにいきました。新曲からなつかしのナンバーまで20曲余りを十分楽しめ、そしてパワーもらいました。(そういえば、彼女のアルバムに「POWER OF DREAM」ってあったけれど、まさにそのタイトルにぴったりでした。) 手拍子で手のひらまでもが熱くなれでした。あすは会社のソフトボール大会、すでに両手がグローブ状態なので、完璧(?)です。

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