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2005年12月31日 (土)

2005年の終わりに

きょうで2005年も終わり。走り納めは6000mのペース走、来週のいぶすき菜の花マラソンを見据え、25分が設定ペース。3000mまではペースが不安定ながら何とか持ちこたえていたが、その後折り返してからペースががた落ち。キロ4分40秒台なんて信じられなかった。ペース走をやってみると、練習がいかにできていないかよくわかる。動きが「もちっ」としているみたい。この前の日曜日の14km走の後半よりも遅いペースにがっくり。

その後罰走として、1000mを1本。出だしはつらかったが、200mすぎの直線道路に入ってから調子が出てきて3分49秒まで回復。いい締めくくり方だった。

今年を振り返ってみると、めぼしい実績は宮古島100kmワイドーマラソンでの年代別優勝と、武庫川ゆりかもめ70kmマラソンでの年代別4位入賞ぐらいで、そのあとは尻すぼみ。というか、後半は集中力までも息切れしたようだ。さながら「竜頭蛇尾」、酉年らしくない。

年間走行距離は3991km、4000kmを割ったのは1998年以来だ。反省!

来年は、地に足をつけて取り組んでいきたい。

2005年12月27日 (火)

記憶喪失?

業爆で帰宅は24時まわりそう。世の中ではそろそろ仕事納めの会社もちらほらしはじめたのに。弊社は30日までびっしりです。

それはさておき、息つくひまもなかったので、朝考えていたこと、どうやって走ったか、記憶は彼方に飛んでいってしまった。ぼけの始まり? もともとぼけているから関係ないか。
あっ、何となく思い出してきた。来年の「秋田100km」で、大会プログラムに記載するひとことメッセージを考えながら走っていたことを。順当にいけば、あと2回完走すれば、大会10回完走者に与えられる栄誉の「クリスタルランナー」になれる。その先に隠れた自分の中で大切にしていることもあわせて達成できたらどんなにすばらしいことなのか。。。と考えていたら、大きな励みとなったんだ。

2005年12月26日 (月)

右足親指に違和感?

どうも、きのうの練習の帰り道あたりから、しくしく痛み始めた。整地されているとはいえ、硬い土のロードでラスト5km21分5秒までビルドアップしたことで、足に負担がかかったみたい。この土のロードでのペース走は、過去にも何度か故障のもととなっているので、走る前のストレッチをおろそかにできないと、反省材料を残してしまった。

幸い軽傷だし、いま気分がノッテきたところなので、リズム感を大切に練習を積んでいこう。

2005年12月25日 (日)

ペース走のつもりでしたが。。。

武庫川河川敷マラソンコースで14kmのペース走。寒い上に本調子ではないので、上下ジャージの重装備(?)で出走と守りに入ったみたい。

目標タイムを65分に設定して出走。出だしはキロ4分55秒ぐらい。2.5kmで折り返し、ここから9.5kmまで河川敷を南下。きのうとちがってきょうは南風、うっとうしかったが、リズムを大切にと走るうちにキロ4分40秒台に。5kmは23分55秒、調子が出始めた。。。と思っていたところに前方に速そうなランナー発見。追いついてからはお互い譲らず、半ば競走のようになってしまった。ペースも徐々にビルドアップし、向かい風なのにキロ4分20秒に。ペース走のはずだったのに、いつの間にかタイムトライアルっぽくなってきた。

9.5kmの折り返しでおさらばか。。。と思ったらまだついてくる。追い風に変わったが、それほど楽になったとは思えなかった。10kmは46分40秒、7kmからの「競走」でペースが上がったことを示している。その後またペースアップしてキロ4分10秒に。7kmからの5kmは21分台になっている。ラスト3kmぐらいから何度かギアチェンジして揺さぶりをかけてもまだついてくる。どこまでついてくるのだろう? 練習台にされているみたい。ラスト2kmで一瞬楽になったのでピッチを上げると、ようやく離れてくれた。ラスト2kmは8分17秒、ジャージ姿でこのペースは自分にとっては信じられない。

ゴールタイムは1時間03分22秒、昨年の秋田100km前の1時間02分台には届かなかったが、昨年6月のサロマ100km前の1時間03分37秒を上回る、自己2番目の記録でした。前半33分09秒、後半30分13秒とずいぶんペースが上がりました。他力本願ではありましたが。。。 自信になりました。

2005年12月24日 (土)

久々のロードインターバル

メリークリスマス。

きょうは久々にロードインターバル(1000×2ですが。。。) 冬将軍絶好調なので、勝負ランパンではなく、上下薄手のジャージで出走。それでもしばれる。昨晩頭痛に見舞われたので動きが緩慢。寒さも影響していたかもしれないが。

武庫川サイクリングロードを8km走って折り返し、冬の時期は折り返し後は北風が向かい風となる。多くを期待せず出走したら、4分04秒と3分59秒。先週微風で4分18秒かかっていたことからすると進歩したようだ。いいときと比べるとまだまだだけど、自信にはなった。

帰り道は一瞬吹雪に見舞われた。久々のロードインターバルということで、「赤い雪」かなと思ったけれど、そこはやっぱり「ホワイトクリスマス」。。。

夜はクリスマス礼拝に行ってきました。そのあとは「TAKANO」のケーキと鳥の足でメリークリスマスでした。女子フィギュアスケート見ながら。

あすは、これまた久々のペース走をしてみようと思う。だって、次は指宿菜の花マラソンが1/8に控えているので、ねじを巻かないといけない。

2005年12月22日 (木)

凍りつく。。。

関西では朝から雪、会社に着いて間もなく、街全体が停電に見舞われた。信号機も消灯し、交差点はさながら無法地帯みたいだった。
停電は30分ほどで復旧した。今日一日、まさに凍りつく街だった。

ちなみに、わたしの体も凍りついている。ここ2日、体温が34度台なんです。体温計は電子体温計です。あまりに寒く感じるので、会社ではスーツ脱げません。ウオームビズ? とても雪国生まれとは思えぬ凍りよう。。。

2005年12月19日 (月)

神戸ルミナリエ

じゃーん。
初めて行ってきました。
光の織り成すモニュメント、長蛇の列のトンネルを抜けて、この光景が見えたときには感動ものでした。

尼崎にきて1年8ケ月、神戸に足を運ぶ機会はきわめて少なかった。あとどれだけいまのところに居られるかわからないけれど、楽しめるときに楽しんでおきたい。20051219181934.jpg

ASAHI

きょうは振替休日です。朝、15kmゆっくり走りました。

河川敷に出たとき、朝陽がとてもまばゆかった。何だか心の中に潜む、もやもやした闇の部分にまで照らしているように思えた。
走りながら心の中にあかりを照らすと、もやもや感が溶けてくれるような感じがする。これまで、こうして走ることで、心のスランプから何度も立ち直るきっかけができたことを、けさの「ASAHI」が思い出させてくれた。。つくづく、ランナーって得だなって思えた。

まさか?エントリーミス

きのう、11年欠かさずエントリーしている「静岡駿府マラソン」の申込手続きを行った。
インターネットのガイダンスに従い、「10km陸連登録の部」で申し込んだ「つもり」だった。
ところが。。。
けさ届いたリターンメールを見ると、「ハーフ一般○代の部」になっていて、あ・ぜん!
あやしいサイトをクリックして、さぎにあったみたい?(★注.わたしは経験したことありません。)

申し込んだときの状況を思い出そうと、慌てて申込画面を開いて確認すると、ハーフが上のほうにあって、自分が申し込むべき10kmの部はずーっと下だった。魔がさしたとしか思えない見間違いだ。

エントリー変更はせず、そのままハーフに出ます。もしかしたら、マラソンの神様が、「10km?考えが甘い甘い。ハーフにしなさい。」と仕向けてくれたのかもしれない。何事もプラスに考えよう。

この大会でハーフに出るのは3年ぶり、ハーフを長いと感じるか、短いと感じるかは練習次第。ん、ウルトラランナーともあろうものが、何を抜かしているか?
ウルトラランナーらしく走ります。

2005年12月18日 (日)

ドカ雪の中、何とか完走

路面は雪でデコボコで走りづらく、練習不足で息があがりましたが、10km41分39秒でした。
一ヶ月前の広島で44分、二ヶ月前の金沢で42分だったことを考えると、悪条件の中踏ん張れたのではと思います。後半の走りは収穫でした。

大会はハーフを中止し全部10kmに吸収、RCチップによる記録計測も不可能なので、表彰なしでした。でも、大会を開催しようと、必死に除雪作業するなど、街をあげての熱意には感謝の念が絶えません。ありがとうございました。

20051218113908.jpg

☆追伸

これだけの「ドカ雪」に見舞われたのは、昨日のDIARYで「わたしは寝ていないんだ」というくだりのコメントを書いたことと、関係(あったりして?)

ここはどこ?

見事な冬景色、でも津軽海峡ではありません。
ここはスキー場?
いや、わたしはマラソンしにきたのです。滋賀の琵琶湖畔の守山へ。
10cmぐらい積もってました。京都では何ともなかったのに。20051218113551.jpg

2005年12月17日 (土)

大会前日ですが。。。

あすは、滋賀守山ハーフマラソンの10kmロードの部、一ヶ月半ぶりの大会です。思うように練習がつめなかったツケが出て、今日のスピード刺激ではキロ4分を18秒出てしまい、体内時計のずれを感じました。ねじの巻き足りない目覚まし時計みたい。

それにしても、ねむい。24時に帰宅後、あれこれやるべきことができて、その3時間後に就寝、実質1時間睡眠です。かつて、「わたしは寝ていないんだ!」の迷言を発した経営者がいたけれど、大切なのは「寝る時間を削ってがんばっているんだ!」と誇示・弁解することではなく、「やるべきことはできて当たり前」という姿勢と思う。

2005年12月16日 (金)

ふと目にした心に残る言葉

「止まっていた時間を動かしたかった。どうかあなたも、挑戦する自分を信じてあげてください。」

帰宅時の電車の中で、目の前にあった車内広告に記されていたQちゃんのことばです。
挑戦する前向きさ、信じることの大切さを実感しました。

信じることは強いこと。。。

きょうも24時帰宅か。
あさって大会ですが。。。
長い目で見てやっていきます。

2005年12月14日 (水)

2005年をあらわす漢字

わたしにとっては、「愛」ではなく、「煩」です。

よかったのは、宮古島100kmで好走した1月だけ、そのあとは思うようにいかずもがきつづけた悶々とした一年。邪心、煩悩にさいなまれたようにも思える。走ることに集中できず、自分が自分らしくなかった。厄年のせいかも。

来年はちょうど父親が他界した年齢になる。やるときはやり、休むときはしっかり休み、体と相談しながらやっていこう。

きょうは東京出張、朝は相変わらず走れていない。

2005年12月12日 (月)

先週のわたし、そしてあれから10年

ごぶさたしておりました。先週はすっかり音なしでしたね。。。

先週のわたしは次のとおり、さんざんでした。日曜以外はね。

・月火…月次締め業爆で24時帰宅
・水 …東京出張、24時帰宅
     飲みすぎて新幹線内からゼブラ模様の記憶、不覚にも
     タクシー代金不足(自宅到着後に代金後払)
・木 …二日酔いと出張疲れで研修出席
     午後は残務整理で四苦八苦
・金 …またしても東京出張
     帰りの新幹線で頭痛と軽い吐き気が。。。
・土 …ルーチンたまったので休日出勤
・日 …友人と大阪城を起点に合同練習
     締めは東成区の名物お好み焼きでアフター
     (牡蠣山盛りのミックス焼きはジューシーで最高!)

日曜まで、心の安らぐひまがありませんでした。自分が自分でないみたいでした。だから、走る気もどこかに忘れてきたみたい。火曜、土曜、日曜しか走れなかったです。

そういえば、10年前の今ごろは、ハワイのホノルルマラソンに出場していたことを思い出しました。自己新記録連発で、ハワイでも2時間45分はいけると意気込んで走りましたが、過信があだになって自滅。それでも25kmから立ち直って何とか3時間2分。某マラソン雑誌のツアーのトップ賞をいただきました。ツアーの有志との翌朝のダイヤモンドヘッドへのお散歩は、実に晴れ晴れとした気持ちでした。当時の写真を眺めると、仲間と共に写った晴れやかな自分の笑顔がありました。

あれから10年、今こそ走りの「原点」を思い起こすときかもしれない。。。

2005年12月 4日 (日)

冷たい雨

今週は週半ばから疲れがたまって練習もままならなかった。会社でも、プライベートでも気をもみすぎたのかもしれない。土日は強度を落として練習した。土曜日は二日酔いの影響もあったけれど。。。

きょうは久しぶりの雨。1ヶ月ぶりのような気がする。しかも冷たい雨ときている。走り出すとき、腰が痛かった。雨の中を走るのをいやいやしているようにも思えた。でも、金曜0km、きのう13kmと控えめすぎるので、「次」につなぎとめるためにも10kmでもいいから走ってみようと足を進めた。腰のほうは徐々によくなり、10kmの予定を15kmに伸ばしてみた。後半は調子よかった。折りしも、知多半島で本日母校が東海学生駅伝で快走している。それを励みにしつつ、走るうちに元気になれたのかもしれない。そして、「そういえば、自分がメンバー入りした20年前も、Bチームで走った19年前も、きょうのような冷たい雨だったな。」と、当時のことがいきいきとよみがえってきた。そのうち、その当時を思い出しながら走っている自分がいた。「練習すれば強くなれる。そして、駅伝のメンバーにも手が届くかもしれない」と、希望を持って走っていたあの頃。「あたり前のこと」でありながら、いま、自分にとって忘れかけていた気持ちかもしれない。

ずぶぬれに帰ってきてすぐさま、母校陸上部のホームページの結果速報を見たら、激しい優勝争いをしているようだ。自分がいた20年前は中京大学がダントツで、とても優勝なんて手が届くとは思えなかった。ここ数年はもう少しというところまで行きながら、後半うっちゃられていた。今年はメンバーがそろっているのでチャンスと思っていたがライバル校もさるもの、1分20秒の差を詰めて、最終区への中継点直前でひっくりかえしてきた。勝負は最終区までもつれこんだ。

しかし、ほどなく、「接戦の末、念願の初優勝」との朗報が届く。すなおにうれしかった。来年は「出雲大学駅伝」についに母校が出るのか。。。 後輩たちの力走と監督に感謝します。

雨で冷えた体が、この朗報で心の中から暖かくなれた。

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