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2006年1月31日 (火)

波乱多き1 月でした

表題のとおりの一ヶ月でした。指宿での16年ぶりの自己ワースト更新に始まり、インフルエンザ、月次経理締め・重要な会議のたびたびのドタキャン、家内の療養帰京、会社の組織変更で不透明な行き先。。。と、不幸のデパート尼崎支店ではないかと思えるほどでした。

今月の走行距離は332.9km、インフルエンザとこの前の日曜の自宅待機が響いて伸び悩みました。

来月は、起死回生のリカバリーなど、多くは望みません。平凡でもいいから平穏な一ヶ月であってほしい。

2006年1月30日 (月)

再スタート

ぐっすり眠れると思っていた昨晩も、よく眠れなかった。予期せぬ波乱続きで揺れ動いた余韻と、きのうまで寝床でそばにいた人がいなくなり単身赴任状態になって心に「ぽっかり」とすきまがあいたような感じになり、胸の中が熱く感じた。二人でいるときは取り立ててどこかへ行ったり、べったりしていたわけではなかったけれど、この先、だれもいない自宅でどのように過ごしていこうか考えていると、寂しい気持ちになった。
でも、考えを変えて「自分の時間」を大切にすることで充実感を得て輝いていこうと思った。よく走り、よく外に出て余暇とリフレッシュを楽しんでいこう。

朝は、5時ちょいから83分走った。一日休んでも調子は落ちてなく、気持ちよかった。幸先のいい再スタートだった。

2006年1月29日 (日)

振り出しに戻る

金曜の午後から「想定外」の出来事で、週末は走るどころではなかった。楽しみにしていた大阪国際女子マラソンにも足を運ぶことができなかった。
せっかく調子が上がってきたランニングも振り出しに戻り、家内も療養のため親元の東京に帰してこれまた振り出しに戻る。人生双六のごとし、振り出しに戻ってもまた最初からやり直せばよい。神様が「このままでいいのだろうか、急ぎ過ぎたらもう一度原点に戻ってごらん」って、チャンスを与えてくれたのだろう。

金曜からいろいろ考えることがありすぎて、ほとんど眠れていません。助っ人として、富山から母が四日ほど家事のお手伝いにかけつけていただいて、非常にありがたい。
あすからまた走り出そう。

2006年1月26日 (木)

ウルトラマラソンの予定などなど

以前記したとおり、わが最大の目標「秋田100km」が2年間開催休止となったことを受けて、とりあえずは6月の「サロマ湖100km」に出走することとしましたが、その後の予定についていろいろと悩んだ末、下記の決断に至りました。

ことしは10月に「もう一本」走ります。本命は「四万十川」、抽選に外れた場合には隔年開催の「えちごくびきの」ということにしました。この2つの大会には、以前から「出たい!」と思い続けていた大会でしたが、本命の秋田100kmから1ヶ月足らず後の開催のため、プアなわたしの体力では両方出ることは不可能に思えていました。でも、「大切な秋田」が2年間休止ということで落ち込むのではなく、「中止だからこそできること」にチャレンジしようとプラスに考えることが得策と思いました。もっとも、秋田100kmのあるはずだった日に有志で秋田のコースを走るというプランもあるそうですが、わたしはそこを走るのではなく、「3年後の再会」を期待して、胸躍らせながら待ち続けることにします。

今週日曜日には、「大阪国際女子マラソン」があります。関西に来て2年弱、昨年はナマで観戦するチャンスがありながら、行かずにTV観戦でした。会社の組織変更で、かなりの確率で今年大阪を離れることになると思うので(・・・どこに配属されるかはまだ闇の中です)、今回は「見納め」ってわけではないけれど「必ず」ナマで観戦しようと思っています。観戦ポイントはこれから考えますが、勝負どころがいいな。。。と思っています。

2006年1月25日 (水)

目覚めの悪い朝

朝、奇妙な夢にうなされた。何やら遠く離れた昔住んでいた街の付近でタクシーに乗り、そこで運転手が説教しはじめたのでブチ切れて口論。その後昔の住家に到着し、しばらく談笑していると、どこかで見覚えのある方がやってきて、外に連れ出された。「ありえない」展開に、「え゛ー」と夢の中で絶叫して目がさめた朝3時。。。

しばらく、その夢の残像 が頭から離れず、何とも目覚めの悪い朝となってしまった。あって欲しくはなかったけれど、目覚めの悪さが練習にも影響を与えてしまった。70分でたったの10.5km、歩留まりが悪かった。今週は好調・不調が交互に訪れるみたい。「明日はいい日」と信じ、頑張っていきましょう。

きょうは、ノー残業デーあんど給料日とおいしい一日、「悪夢」に苦しんだので、救われた感じです。何事も切り替えが大切じゃ!

2006年1月23日 (月)

小雪混じりの朝

朝、外に出て走り出すと、小雪が舞っていた。路面にもうっすらと冠雪し、表面的にはいかにも水墨画のような幻想的な光景にも見えるが、実は走っている本人はそれどころではなかった。寒さに震え、凍った足場の悪い路面に足を取られ、昨日の朝からの腰痛に苦しみ、とてもではないが快適な走りとはいかなかった。雪国生まれのわたしからすると、雪は見る分にはいいけれど、実際生活に入り込んでくるととてもやっかいなものに思える。雪のために冬の生活が拘束されてしまうから何とか逃れたい。。。そんな不純な(?)動機で故郷富山から脱出しようとしたわたしなんですよ。

仕事では、本日いろいろと気を遣いすぎてぐったりです。そんなわけで本日は早めにおやすみしたい。実家富山から「差し入れ」の食料が届き、ありがたかった。やはり持つべきものは親のありがたさかな。。。

2006年1月22日 (日)

追い風参考でも。。。

本日は正午過ぎから21km強走りました。朝方、腰から上が痛かったので安静にしていましたが、走り出すと元気になりました。後半に3000m+1000mのロードインターバルを入れました。後半は追い風だったので、3000mでは11分台で行きたかったけれど結果は3秒オーバー。前半での11秒の借金が響きました。スピード感が完全に戻っていないみたい。

2000mのインターバルを置いて走った1000mでも3分53秒と、いまひとつの出来。追い風参考とも思える気象条件のもとでもこの程度の記録とはね。。。 でも、ひところよりはよくなったと思うので、これから徐々に回復させていこうと思います。

ホームページの大会出場予定を6月分まで更新しました。2月は父が他界したのと同じ41歳10ヶ月の「要注意月」なので自粛、4月は決算やら組織変更対応で走れそうもないのでパス。2006年は例年よりも出場大会数は少なめになりそうです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

話は変わり、先週走友からいただいたマラソン完走記を読んでいて感銘を受けた内容がありました。その人は先日の防府マラソンに出走し、惜しくも制限時間内に完走できなかったけれど、何とかゴールまで走りきりました。そのときに、見知らぬ地元の方がその人の頑張る姿を見て、観戦していた36km地点からゴールに駆けつけて、その人に「よく完走したね」ってねぎらいの言葉をかけにきたとのことでした。

・・・ランナーにとって、こういった見知らぬ方からの暖かい励ましはこの上ない幸せだと思います。やはり、「見ている人は見ているんだな。。。」って思いました。この完走記を読んで、走ることで、自分自身だけでなく、まわりにも「元気」を与えられるマラソンができるといいな。。。と思えてなりません。まわりにも「元気」を与えられるマラソンって、狙ってそうしようと思ってできるものではありません。「自分自身の精一杯」を尽くす延長で、一生懸命さが伝わってこそ得られる「共感」があってはじめて成り立つように思えます。

周りにも、「自分はこれだけ頑張っているんだから。。。」と口に出したり、「これだけ練習し、これだけの記録を出しているから。。。」と周りにアピールしようとする人がいるかと思いますが、頑張っているかどうかは「自己判断」するものではなく、周りからの評価によって成り立つものです。自分で頑張っていると思っているうちは「自己満足」です。そして、「記録・実績」一辺倒の人間にもなりたくない。(←これは、指宿菜の花マラソンでそのような方と同室になり、極めて不快な思いをしました。この話しは後ほどどこかで取り上げたいと思っています。)

2006年1月21日 (土)

気持ちを切り替え。。。

昨晩は「秋田ショック」でしばらく眠れなかったです。あの「♪You must shock...」のほくとのケンのエンディングがよく似合う夜でした。

ひと晩眠ったら、だいぶん気持ちが落ち着きました。練習ではロードインターバルを入れて20kmちょっと走りました。河川敷では、マラソン大会と中学駅伝大会やっていました。あの報徳学園を初めて見ました。あすは、もう少し強度をあげてみます。


それにしても、秋田角館の「珍・料理」が2年間お預けとは残念!
こっそり、食べに行きたいな?

2006年1月20日 (金)

えっ、秋田100km が2年間開催休止!

UMMLのメーリングリストで知った衝撃の事実、大きな目標を失ったショックは隠せない。残念極まりない。

サロマ湖100kmへの出走を再考しよう。

※追記

  サロマ湖100km、速攻でエントリーしました。
  気持ちを切り替えて(難しいかも?)、全力を尽くします!
  あとは、「宿」と「旅の足」が心配、毎年苦労しているので。。。
  (現在調整中)

2006年1月19日 (木)

当たり前の大切さ

朝、数カ月ぶりに85分走れた。仕事がとりあえず落ち着いていることもあるが、インフルエンザも癒えて「走れるよろこび」を体感できていることもあると思う。「早寝早起」で、走るための体調づくりも形になりつつある。

思うに、朝このぐらい走ることはこれまで「あたり前」のはずだった。それが、昨年あたりから当たり前にできていない自分に成り下がってしまい、ここ最近の不振につながってしまった。復活の近道としては、特別きつい練習をする以前に、これまでの「当たり前」を「当たり前」に実践し続けることだと思う。

徐々に体のリズム感がよくなってきた。この調子で練習を積み重ねていこう。

あすはもう金曜日か。水曜に寝ぼけて土曜と勘違いした割にはずいぶん早い週末の到来に思える。週末は、練習もしっかりこなし、指宿の悪い垢を落とすために久しぶりの「今津の湯」に行こう。

2006年1月18日 (水)

ああ勘違い

朝目覚めたとき、きょうは土曜と勘違い。インフルエンザで体内時計が狂ったみたい。社会復帰(?)早々の疲れもあるのかもしれない。

朝は65分でちょうど10km、走り終えると息があがってしまう。まだ、完調とはいかないようだ。あせらずにいこう。

2006年1月17日 (火)

ようやく走り始め。。。

月曜から走り始めました。高熱と嘔吐で筋肉、関節にダメージうけたので、さすがに違和感は隠せませんが、朝1時間ちょっと走ることを習慣づけることで、カバーしていこうと思っています。

2006年1月15日 (日)

手持ち無沙汰です

おかげさまで、インフルエンザは峠を越えました。金曜にマスク姿で職場復帰、来週への慣らし運転といったところか。現在は忘れたころに咳の発作が出る以外は、大丈夫です。正直、もう少し時間がかかると覚悟していましたが、自分の体に感謝です。病気の回復には、「治そう」という気持ちで「かかった、どうしよう」という気持ちを乗り越えていくことが大切ではないかと感じました。

走るほうはきょうまで封印、それにしても手持ち無沙汰です。せっかく予定していたEARTH,WIND & FIREのコンサートも自粛、行こうと思えば行けるんだけど、自分の体のことよりも、「周りへの感染」を懸念してのやむなき判断でした。走ることも、楽しみも奪われて、とても悲しい。

昨年の今ごろは、「宮古島100㎞ワイドーマラソン」を走っていました。はやく元気を取り戻そう。いずれにしても、「もう少し」。。。

2006年1月13日 (金)

養生中

きのうも会社を休んだ。
熱は下がったが、頭痛と食欲不振のため、病院へ行って、投薬と点滴一本。歩くにも、足に力が入らず、おぼつかない。
体重も3kg落ちた。
夜は咳で何度も起こされた。長い夜だった。

早く健康を取り戻したい。

2006年1月12日 (木)

インフルエンザ

火曜からインフルエンザでダウン。きのうまで、39度の発熱、嘔吐(食べたものすべてもどしてしまった)、頭痛、せきに苦しんでいます。

当然ながら会社はきのうからお休み、月次締め、東京への出張にピンチヒッターをお願いすることに。大事な時期に仕事に穴をあけてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

何だか、「天罰」が下された思いです。

そういえば、土曜の夜、咳に悩まされたこと、翌日の指宿マラソンゴール後に寒気が止まらなかったことから、鹿児島入りしたときからインフルエンザが発症していたかもしれない。厚着での出走、走らない勇気も必要だったように思う。

しばらく養生します。

2006年1月 9日 (月)

桜島なぎさ遊歩道

全長2400m、「ここで走ってみたい」と、ランナーならば思えるだろうと思いながら、40分ほど散歩しました。
桜島の眺めと噴火の名残り深き火山岩の数々が印象深かったです。

今度いつここに来れるだろうかと、名残り惜しい気持ちがした。20060109123631.jpg

ああ桜島

珍しく冠雪しています。けむりは控え目です。
これから、フェリーで桜島に渡ってきます。20060109115615.jpg

遅ればせながら、きのうのLap

5km 0:22:23
10km 0:44:55(22:32)
15km 1:06:55(22:00)
20km 1:28:39(21:44)
25km 1:50:41(22:02)
30km 2:15:22(24:41)
35km 2:42:36(27:14)
40km 3:10:37(28:01)
GOAL 3:22:52(11:15)

まるで、100kmマラソンのようなLAPですね。
この状態が続くようだと、9月の秋田100KMは心許ない。せめて、月間400KMレベルには戻さないとね。

山川駅からの海岸線

ここはきのうの34.6km地点の山川駅からの海岸線です。

思えば、きのう失速がはじまったのは山川町に入った25kmすぎから、山川町のイメージは自分の中ではよくありません。自分自身の練習不足を棚に上げてはよくないけれど。。。

苦しみ、あえいでいた場所での光景を振り返ることで、これからの活力につなげようと思います。20060109091743.jpg

おはよう指宿

指宿駅です。
これから、ぶらり途中下車の旅に出かけます。

またズレがうみになっているので、温泉に入れずもったいない。でも、朝は11km走りました。20060109083440.jpg

2006年1月 8日 (日)

指宿の海岸線

海を見ていると、ふがいなかった走りも少しは癒されそう。

この大会、コースはこれまでのフルマラソンでは体験したことのないタフなコースだったけれど、景色は最高でした。カメラ持って走りたかったけれど、わたしの心のカメラにしっかり納めておきました。20060108154426.jpg

いぶすき結果

3時間22分、自己ワーストでした。股ズレで出血して痛い。

タフなコースで最初の5kmから22分台、めげそうになりながらも辛抱していたら、15kmから21分ペースに持ち直し、復活のときを待つ。25kmまではよかった。しかし、その後の急激なアップダウンで足がぱたっと止まってしまった。練習不足を後悔した。何とか立て直そうとするも、力が出ない。何となく空回りしていたみたい。ゴールの瞬間は、十分練習を積めなかった悔しさがこみあげてきた。次につなげます。

走っているときに、尊敬する「大御所」ウルトラランナーに3年ぶりにお会いしました。最近、秋田100kmでもお目にかからなくなったので、心配していたんです。ゴール後にもばったり会ったときに、向こうから会釈いただいてうれしかったです。これが本日唯一の収穫かな?

スタート2 時間前


いよいよです。
お日さまはまだです。風もないのでよかった。20060108070043.jpg

2006年1月 7日 (土)

鹿児島空港足湯

気持ちいい。
「おつかれさま」は、鹿児島では「おやっとさあ」というようです。
疲れが癒されます。
長いと思っていたバスの待ち時間が有意義に過ごせます。20060107172144.jpg

いざ、鹿児島へ

朝、大会前日恒例の1000m刺激を一本。小雪舞う中、動きが凍っているように感じ、流しているつもりでも余裕が見られない。中間点で時計を見ると、1分51秒を指していた。余裕のない理由がうなずけた。後半はリラックスペースで流して合計3分46秒。まずはここまで戻ってきたことを喜ぼう。
あすは、前半無理しないことが、「ハズレのない走り」をする上での鉄則と思う。キロ4分10秒台でも十分と余裕を持って走っていきたい。

いま、伊丹空港にいます。せっかく一本早い便にしたのに、その飛行機の出発が40分遅れるらしい。鹿児島からの接続に余裕があるので影響は出ないが、自宅出発後、最寄り駅で財布を忘れたことに気付いて自宅へ逆戻りして30分のロスタイムが出るなど、この遠征何かと障害物が多い気がする。困ったもんだ。冷静に対処して平常心を保つことが大切です。あわてないあわてない。ひとやすみひとやすみ。一休さんの境地に入っていこう。

2006年1月 6日 (金)

予定変更

土曜日、出勤せずにすみました。よかった、よかった。。。

鹿児島行きの飛行機も、一本早い便で行きます。キャンセル料承知で、出血大サービス? 大会本番ではくれぐれも出血大サービスとならないようにと願っていますが。。。

朝は風邪っぽかったのですが、鈍感な体なので仕事をしているうちに楽になりました。あすは軽く刺激を入れて、お昼ごろに出発します。

2006年1月 5日 (木)

仕事始め

きょうから「社会復帰?」、走りが重くなったのは仕事始めのせいではないと思いますが、大会も近いので控え目にしました。
言えることは、お正月の不規則な生活リズムやめでたい考え方から早く抜け出さないといけないということです。

土曜日、できることならば出勤せずに、一本早い便で指宿に行けないものだろうか。。。と考え始めました。飛行機代はカード決済なのでキャンセル料が何割かとられますが、経済的な問題よりも肉体的・精神衛生上の問題のほうが優先かなと思っています。

2006年1月 4日 (水)

そういえば。。。

謹賀新年。。。ってやっているうちに、指宿菜の花マラソンまであと4日と迫っていることを思い出した。(手遅れってか?)

指宿には、土曜日仕事を終えてから移動するので、現地到着は20時40分ごろ。翌日スタートが9時なので、弾丸ツアーだな。。。と内心思っていますが、与えられた条件の中でベストを尽くすのがアスリートがアスリートたるゆえんです。ぐちはこぼさず、満足いく走りができるよう、全力を尽くそうと思っています。リハビリ途上なので、3時間ひとけたならば合格ってことにしておきます。

あすから仕事です。また、波高き「現実」に立ち向かっていかなければならない。

2006年1月 3日 (火)

白浜からの帰り道

二泊三日の家族旅行の最終日、朝は宿から西に進み、野島崎灯台を越えたあたりまで往復80分jog。8日の指宿菜の花マラソンと8時から始まる箱根駅伝がなければ(?)、20kmぐらいは走っていたかったです。灯台へと向かうシーサイドラインはお見事で、きのうのようにカメラを持参して出走しなかったことを後悔しました。大会も近いので、きのうのようにペースを上げず、ゆったり走りました。

走り終えたあとの朝食では、父上様のおすすめで朝からビール♪
お正月だから許されるってか。

10時過ぎに白浜をあとにして帰路へ。東京に到着後、その足で箱根駅伝を沿道観戦。東京国際フォーラム前にいました。外に出ると予想もしない寒波と突風。ずっと晴天だったのに、駅伝の選手20人が走る時間だけ、荒れ模様の天気だったから、かわいそうに思えました。沿道に立っているだけでも体が冷えて時折吹き飛ばされそうになったけれど、実際に走っている選手たちは当然ながらもっと大変なので、気持ちを暖かくして声援を送りました。たとえ外が凍えそうでも、選手たちの熱気で心の中が暖まるだろうと。

在学期間の4年で新陳代謝し続ける学生駅伝で、連覇を続けることって、どれほど大変なことか肌で感じました。亜細亜の快挙は称賛もの、アンカーの生き生きとした表情が印象的でした。駒沢は、メンバーの過半数を占める4年が強すぎ、それにあぐらをかいていたとは言わないまでも、頼り過ぎていたのではないかと個人的に感じました。アドバイスを求める上で、ひとの力は大切だと思うけれど、ひとの力に頼り過ぎると、成長の芽を自らの手で養うチャンスを逃してしまうことだってあるのでないか。あくまでも、芽に水とこやしをやるのは、他ならぬ自分自身なのだから。

ただいま東海道新幹線の中です。自分自身へのお年玉ってわけじゃないけれど、のぞみ号のグリーン車です♪

あすは初詣に行ってきます。

2006年1月 2日 (月)

13年ぶりの再会

鴨川シーワールドにて。ベルーガちゃんと13年ぶりの再会でした。
前回13年前に行ったときは会社の慰安会、そのときもベルーガちゃんは人気ものでした。20060102122920.jpg

安房白浜の朝日

朝5時50分ごろから80分ちょっと、安房白浜から千倉まで行って帰ってきました。写真は走り終えてすぐに撮影したものです。

昨晩、家内のご家族との夕食でにっぽん酒を二本空けたので二日酔いが懸念されましたが、思いの外軽傷で、いいリズムで走れたのは驚きでした。折り返してからエンジンがかかってきたので、だいたひかる風に「調子が出てきたので歌います。♪どーでもいいですよ〜」ってわけじゃないけれど、「調子が出てきたのでスピードあげてみます。」って感じでギアチェンジ。後半は平均キロ5分切ってました。よしよし。あとは、飲み過ぎと食べ過ぎに注意です。20060102071644.jpg

2006年1月 1日 (日)

2006年初に寄せて

あけましておめでとうございます。
昨年はお世辞にも充実した一年とはいえなかったけれど、本年は「日々進歩したい気持ち」と「あしたを見据える気持ち」を大切にし、充実した一年にしていきたいです。
ランナーの書き初めである初走りは午前5時30分出走。70分ちょっと走りましたがずっと闇の中、初日の出にお目にかかる前に自宅に着きました。

きょうはこれから家内のご両親の待つ房総半島の白浜海岸へ二泊三日の家族旅行に出かけてきます。鋭気を養い、親子水入らずでくつろいできます。もちろん、ジャージにシューズお持ち込みです。


最後に今年の目標です。今年は「秋田100km」にこだわります。100kmは秋田一本に絞りました。昨年何もかにもが準備不足で臨み、当然ながら不本意な結果に終わった悔しさがあったから。この大会初完走から8回続けている8時間台は最低限の目標です。このまま完走10回のクリスタルランナーまで8時間台は貫き通したいという「こだわり」があります。この大会で過去8時間で10回揃えたランナーはまだだれもいない。だから、来年大会史上初のランナーになる挑戦をするには、今回大会での快走が前提となります。だから、今回は燃えているんです。

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