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2006年10月16日 (月)

2006四万十100km完走記

【記録】

8時間53分09秒(自己歴代9位、12回目の8時間台)

【順位】

陸連登録の部第11位

【LAP】

KM LAP SPRIT
5km 0:22:17 0:22:17
10km 0:44:54 0:22:37
15km 1:08:21 0:23:27
20km 1:35:42 0:27:21
25km 2:00:09 0:24:27
30km 2:24:26 0:24:17
35km 2:46:59 0:22:33
40km 3:10:20 0:23:21
45km 3:36:40 0:26:20
50km 4:03:00 0:26:20
55km 4:31:54 0:28:54
60km 5:00:36 0:28:42
65km 5:28:20 0:27:44
70km 5:56:49 0:28:29
75km 6:26:39 0:29:50
80km 6:55:51 0:29:12
85km 7:26:00 0:30:09
90km 7:54:48 0:28:48
95km 8:24:20 0:29:32
goal 8:53:09 0:28:49

【完走記】

仕上がりはこれまで走った100㎞マラソンの中でも3本の指に入るぐらいの好調ぶりだった。直前の大会でハーフ1時間30分を超えるなど「結果」が伴っていなかったことが不安材料だったが、先週の出雲駅伝で母校の後輩たちが力走した姿が更なる発奮材料となり、心の中では燃えていた。「まじめに」練習し始めたのが今年の5月からで減量途中というマイナス材料を勘案し、まずは8時間台への復活を目指し、8時間30分以内ならば万歳、あわよくば自己ベストの8時間6分、悲願の7時間台、そして入賞。。。へとつなげていけたらと期待が膨らんでいった。

午前5時半。もやがかかる蕨が丘中学校前をスタート。まわりは暗いスタート光景は秋田100kmを思わせる。スタートは後輩が出雲で見せた「ロケットスタート」も真剣に考え、直前まで本気で迷っていた。それでも、2kmまでは10数名の先頭集団の後方で滑り出した。走っていて、ここ最近の好調ぶりが反映した走りに「いいぞー」って心の中で何度かつぶやいた。

2㎞で先頭集団から離れてからはほとんど一人旅。途中で2,3人の集団が勢いつけて抜いていったが、こちらのペースは5㎞22分台と予定通り。後で抜き返そうと思いながら、自分のペースを守る。15~21㎞には高低差600Mの堂が森の峠越えがある。16㎞ぐらいから上り勾配が始まるが、「秋田100㎞の大覚野峠のほうがきついなあ。」と思いながら足を進める。1㎞5分10秒ぐらいのペース、予定ではキロ6分も覚悟していたのでうれしい誤算、記録への期待も膨らんできた。まわりを見やると「ずいぶん上ったな」と思えるほど、山並みの光景が見事だった。

21kmtouge

ただ、19㎞から峠頂上までの2㎞はさすがにきつかった。峠越えを少しなめてかかったところだったので、精神的にはこたえた。頂上に到着直前にナンバー110番(写真前方)に抜かれる。「行きの列車で一緒でしたね!」と声を掛けてくださった。わたし自身も、その人は見るからに強そうと思ってみていたが、こうしてよく覚えていてくださったことにうれしさを覚えた。頂上についたとき、思わず「ふぅー」ってため息ついたら、黄色いウエアを着た大会関係者にうけてしまった。20㎞通過は1時間35分台、予定よりも5分の貯金。

峠の頂上から30㎞までは今度は600M近くを下る区間。ここでは5㎞21~22分出るだろうと思っていたが、下りがきついので「上るように下る」意識で大事に下っていたら5㎞24分台。前方のゼッケン110番もあっという間に見えなくなった。30㎞でちょうど予定ペースとプラスマイナス0になったが、「これでいいのだ」と思いながら走る。

30㎞を過ぎてから、下りで力を出しきれなかったうっぷんを晴らすかのように調子付いてきた。32㎞からキロ4分20秒台を刻み続け、気分もノッテきた。沿道で近くの中学生たちが列を成して手を差し出し、全員の手のひらにタッチ! さらに気分が盛り上がったところで、昭和大橋を渡って国道の広い道に出たら多くの声援が。ナンバーカードだけでなく、ほとんどの方が名前で声援してくれるところがすごくうれしかった。「この調子が続いたら7時間台もいけそうだ!」という期待感から、奇跡にも思える復活ぶりに胸躍らせながら走っていった。今日、ここにきて走って「ほんとうに」よかったと思える瞬間だった。

ただ、国道からわき道に入った40㎞過ぎからそれまでの順調なピッチが鈍ってきた。リズムが変わるのと同時に、ももに張りを感じるようになった。「やっぱり30㎞から飛ばしすぎたな」とペース設定ミスを悔やむ。ここから精神的にもきつくなってきた。事実。ここから55㎞までの走りはあまり記憶がない。後方からの追撃も許し、次々と抜かれる。50㎞通過は4時間3分ジャスト、このあたりで「入賞は難しいな」と覚悟する。(後で振り返ると、あきらめるのが早すぎたと反省)

55㎞まではだいたいキロ5分10秒ペース、このペースならば8時間20分台でいけるだろうと気を取り直して走り始めたところに、半家(はげ)の沈下橋を渡る区間に到着。四万十川が増水時にこの橋自体も沈んでしまう四万十川の名物、ここを渡るのを楽しみにしていた。

55kmchinka4_1 実際走ってみて、疲れのせいか力がコンクリートに吸いとられるような感触、そして手すりがないので「よろけたら川に落ちてしまいそう」と思いながら走る。写真で横を見たところが写っているのはそのような気持ちの表れかもしれない。沈下橋を過ぎて間もなく、100Mあまりを上るところへ。20㎞の峠越えは順調にこなせたのに、それよりもたやすいはずのここでは全く調子が出ない。上りは歩くようなピッチで、下りはももが自由きかなくなっていたのでよたよたして走る。このあたりはキロ7分を超え、今年のサロマの悪夢の再現も頭をよぎった。

いやな上り下りを終え、半家大橋を渡ったら広い国道へ。きょうは広い道に出ると調子づき、ここでも国道に出てからキロ5分10秒ペースに戻した。55~60㎞は35分かかるだろうと思っていたが、国道に出てからの挽回により、28分台に持ち直した。ウルトラマラソンでは決してあきらめてはいけない。ピンチになったときでも、復活のときを信じて、がまん強く走ればまた元気よく走れるだろうと信じることが大切と思った。

レストステーションのある62㎞の江川崎カヌー館に到着。あらかじめ準備しておいたサロメチールをももに塗り、ディクトンをわきの下と股下に塗って後半に備える。レストステーションを出るときに、先ほどのナンバー110番の選手に声を掛けていただいた。これで元気づいて、これからの挽回に期待を寄せる。60~65㎞はレストステーションでの2分ほどの休憩がありながら、27分台。まだまだいける。。。

70kmiwama

70㎞近くなってから、好調・不調が気まぐれに繰り返すようになった。2度目の沈下橋(写真)を渡った後、またピッチが鈍る。日差しが強くなり、給水時に頭から水をかぶらずにいられなくなってきた。この日の最高気温は28度近く、季節外れの暑さだ。どうも、沈下橋には相性が悪い。絶景の四万十川の自然を楽しむ余裕などなかった。70㎞通過は5時間56分、目標の8時間30分どころか、8時間台の死守ができるかどうかポイントとなってきた。

71kmrakusha1

この斜張橋を渡るころは元気だったものの、細い道に入ると目に見えてピッチが鈍る。75㎞手前で陸連登録のランナーに追いつかれる。独特のフォームだったが、ついていくにはちょうどいいリズム。2004年の秋田100㎞マラソンでまつごろうさんの「引力」に導かれて10位入賞したときを思い出し、しばらく並走する。キロ6分に落ちていたラップも5分前半に戻る。ただ、76㎞あたりの給水で水を開けられてから追いつくことはできなかった。

80㎞を過ぎてまもなく、女子のトップ選手に抜かれた。予想していた有名選手でなく意外な感があったが、リズムよいしっかりした走りをしていた。しばらくは後ろについたが、悔しいけれど次第に水を開けられた。実際、今回の大会でこの80㎞付近がもっともきつかった。そんなときに救いとなったのが81㎞のエイドステーション。ノリのいいお兄さんが「リクエストありますか?ビールもあるよ!」って聞いてくれたり、何よりもおいもとえびの唐揚げがおいしかった。あまりのうまさに何度もおかわりしたら、エイドのおばちゃんから「えらい、えらい」って心暖まる声援をいただいた。

80~85㎞は今回初めて5㎞30分を超えた。このあたりから、沿道からの暖かい声援が身も心にもしみて感じ始めた。自分の姿が見えたときから拍手を始め、ナンバーをプログラムで確認してから名前を呼んで、「ここまで来てえらいよ、もう少し!」って感じで声援してくれ、自分の姿が見えなくなるまでまた拍手で送り出してくれる。その気持ちにこたえようと、通るときに小さくガッツポーズしたり、自分が後ろ姿になってからも手を高く上げて「背中」で感謝の気持ちを表現した。ほんとう、この大会の声援はすばらしかった。街じゅうが一丸となってこの大会を盛り上げ、選手ひとりひとりに熱心に声援してくれている。

100kmgoal ゴールの瞬間が近づいてきた。98㎞過ぎにある急坂ってどれほどきついのだろうと思いながら足を進める。最後の坂はいじわるなぐらいきつかった。沿道で「もうすぐ坂の頂上、あと一息!」って声をかけていただいたら、きついながらも腕をよく振って走り始めた。ゴールの中村中学・高校手前の狭い道で名物「紙吹雪」によるお出迎え。これもまたうれしかった。紙吹雪を受けてから力を振り絞ってラストスパート。途中で練習不足が災いして息が切れてしまう予想外の展開。「しまりがない」と思いながら、ピッチを少し落とす。ゴールゲートが見えたら再び思い切って腕を振って走る。記録はさえなかったけれど、8時間台復活のゴールにガッツポーズしながらゴールテープへ。アナウンスで「笑顔のステキなゴールです」と言われたのが、照れくさいながらもうれしかった。やっぱり、ウルトラマラソンはゴールしてこそ価値があるものだと思った。

【走り終えて】

仕上がり具合から考えると、もっといい記録が出そうだったし、今回はみすみす入賞のチャンスを逃してしまった感はありますが、悔しい思いをした今年のサロマで失ったものや輝きを取り戻すことができたという点でうれしさも感じています。サロマのときの写真と比べてみても、絞れた様子が「自分では」よくわかります。サロマのときは明らかに肉付きがよすぎたけれど、今回は少しはすっきりした感がありそうだなって。

完走記で何度か触れたけれど、この大会ほんとうにすばらしい。大会ポスターにも書いてあった「走りきる人たちもすごい、支える人たちもすごい」、まさにそのとおりです。来年も、できることならば参加抽選を通過して、もう一度このコースを走ってみたい。今度はもっとウルトラランナーらしい練習をして。。。

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