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2006年10月30日 (月)

風邪ひきさん

きのうの朝から寒気ぞくぞく。そういえば、きのう日産スタジアムで950mのスピード刺激を入れたときにはさえない動きで3分43秒だった。疲れのせいと思っていたが、昨晩から暑苦しくて眠れない。朝練習での11kmは違和感抱えながらも辛抱の走り。それが通勤時には、暑くもないのに汗たらたら。腹下しのおまけまでついて、横浜駅でぶらり途中下車。早めの出発だったので、遅刻の心配はなかったけれど。。。

会社に着いたら鼻が止まらず、かばんに入っていたポケットティッシュ4袋すべて空けてしまった。微熱でボーっとしていたので、定時終了後内科へ直行。大したことなくてよかった。しかし、会社から携帯に電話がかかってきた。。。そっちのほうが一大事なのだ。

きょうは早めに就寝します。

2006年10月29日 (日)

中休み

今週はすっかり更新サボってしまいました。 (ーー;)

四万十100kmという、今年目指していた大きなイベントが終わり、心も体も休養を欲していたみたいです。先週の日曜に戸塚まで20km走ったとき、ももの張りと疲れからの違和感で休養が必要と感じ、2日休養。そのおかげで、水曜から四万十前に近い状態で走れるようになってきました。週末は、金曜夜の皇居15km走の疲れが尾を引いて体内時計の時差が8時間。やっぱり、朝型人間が夜走ると体がびっくりするんだなと感じた次第です。

いい「中休み」が取れたと思います。次の目標は12月の青島太平洋マラソン、今年はフルマラソンが指宿でのワースト記録更新というさみしい結果しか残せていない。この前の四万十100kmでのフル通過タイムよりも遅かったので、復活の手ごたえ感じる走りをしたいと思っています。現状ではサブ3は奇跡に近いかもしれないので(…あきらめてはいないけれど!)、まずは3時間ひとけたかな。。。 

2006年10月21日 (土)

大繁盛

ようやく10kmをキロ6分台で走れるまでに回復してきた。金曜は朝10km走り、業務終了後に会社の有志と皇居で合同ラン&神田でアフター。

18時半に神田の稲荷湯に到着、もうランナーのシューズが玄関からあふれるほどの大盛況、荷物を入れるロッカーは満杯でランナーたちの隙間を縫って着替えるにもひと苦労。

皇居は一周33分ぐらいのゆっくりペースで2周。メンバーがゆっくり走りたいと希望していたことで、100km完走後のダメージ残る自分にも都合よかった。脚もだいぶんほぐれてきて、余裕持って走れた。

稲荷湯に戻って入浴&着替え、また混雑に逆もどり。おいなりさんのお風呂は初めてだったが、いつもお世話になっている半蔵門のバン・ドゥーシュのほうがゆったりできるし、シャンプーリンス備え付けなので使い勝手がよさそうに思えた。人それぞれに好みはあるだろうけれど、自分としては少しでも早く混雑から脱出したかった。

入浴後は神田駅ガード下の升かめでアフター。うわさには聞いていたけれど、ここでも満員の大繁盛ぶり。皇居ラン後のランナーたちがよく使うお店なので、だれか顔見知りにお会いできるかなと思ったけれど、混雑しているお店の中でさがすには至難のわざだった。ジョッキの大きさ、わらじのようなジャンボメンチカツなど、大きさがウリで、たっぷり食べても5人で7800円というお会計に感謝。繁盛で座って食べるには難儀したけれど、十分に楽しめました。


きょうはかつていた職場でのOB会、あすは家内の実家での会食と、アルコール3連発です。だいじょうぶかいな。。。

2006年10月18日 (水)

復活ラン・本日のペースは?

四万十100km完走後、2日あけての復活ラン。朝、ひざを屈伸して走れそうだったのでロードに出たら。。。

7kmをキロ9分ペース。。。(>_<)

距離を踏むに従い速度が落ちる。疲れのほか、仕事での懸案事項がひっかかっていたみたい。みなとみらいでは散歩している人たちに肩を並べられそうなペース、驚きでした。

まあ、徐々に回復してくれるでしょう。

仕事では相変わらずよけいなストレスがたまる1日、100kmあけの今週ぐらいはゆっくりさせてほしいと思ってしまうわがままなわたし。。。

2006年10月16日 (月)

2006四万十100km完走記

【記録】

8時間53分09秒(自己歴代9位、12回目の8時間台)

【順位】

陸連登録の部第11位

【LAP】

KM LAP SPRIT
5km 0:22:17 0:22:17
10km 0:44:54 0:22:37
15km 1:08:21 0:23:27
20km 1:35:42 0:27:21
25km 2:00:09 0:24:27
30km 2:24:26 0:24:17
35km 2:46:59 0:22:33
40km 3:10:20 0:23:21
45km 3:36:40 0:26:20
50km 4:03:00 0:26:20
55km 4:31:54 0:28:54
60km 5:00:36 0:28:42
65km 5:28:20 0:27:44
70km 5:56:49 0:28:29
75km 6:26:39 0:29:50
80km 6:55:51 0:29:12
85km 7:26:00 0:30:09
90km 7:54:48 0:28:48
95km 8:24:20 0:29:32
goal 8:53:09 0:28:49

【完走記】

仕上がりはこれまで走った100㎞マラソンの中でも3本の指に入るぐらいの好調ぶりだった。直前の大会でハーフ1時間30分を超えるなど「結果」が伴っていなかったことが不安材料だったが、先週の出雲駅伝で母校の後輩たちが力走した姿が更なる発奮材料となり、心の中では燃えていた。「まじめに」練習し始めたのが今年の5月からで減量途中というマイナス材料を勘案し、まずは8時間台への復活を目指し、8時間30分以内ならば万歳、あわよくば自己ベストの8時間6分、悲願の7時間台、そして入賞。。。へとつなげていけたらと期待が膨らんでいった。

午前5時半。もやがかかる蕨が丘中学校前をスタート。まわりは暗いスタート光景は秋田100kmを思わせる。スタートは後輩が出雲で見せた「ロケットスタート」も真剣に考え、直前まで本気で迷っていた。それでも、2kmまでは10数名の先頭集団の後方で滑り出した。走っていて、ここ最近の好調ぶりが反映した走りに「いいぞー」って心の中で何度かつぶやいた。

2㎞で先頭集団から離れてからはほとんど一人旅。途中で2,3人の集団が勢いつけて抜いていったが、こちらのペースは5㎞22分台と予定通り。後で抜き返そうと思いながら、自分のペースを守る。15~21㎞には高低差600Mの堂が森の峠越えがある。16㎞ぐらいから上り勾配が始まるが、「秋田100㎞の大覚野峠のほうがきついなあ。」と思いながら足を進める。1㎞5分10秒ぐらいのペース、予定ではキロ6分も覚悟していたのでうれしい誤算、記録への期待も膨らんできた。まわりを見やると「ずいぶん上ったな」と思えるほど、山並みの光景が見事だった。

21kmtouge

ただ、19㎞から峠頂上までの2㎞はさすがにきつかった。峠越えを少しなめてかかったところだったので、精神的にはこたえた。頂上に到着直前にナンバー110番(写真前方)に抜かれる。「行きの列車で一緒でしたね!」と声を掛けてくださった。わたし自身も、その人は見るからに強そうと思ってみていたが、こうしてよく覚えていてくださったことにうれしさを覚えた。頂上についたとき、思わず「ふぅー」ってため息ついたら、黄色いウエアを着た大会関係者にうけてしまった。20㎞通過は1時間35分台、予定よりも5分の貯金。

峠の頂上から30㎞までは今度は600M近くを下る区間。ここでは5㎞21~22分出るだろうと思っていたが、下りがきついので「上るように下る」意識で大事に下っていたら5㎞24分台。前方のゼッケン110番もあっという間に見えなくなった。30㎞でちょうど予定ペースとプラスマイナス0になったが、「これでいいのだ」と思いながら走る。

30㎞を過ぎてから、下りで力を出しきれなかったうっぷんを晴らすかのように調子付いてきた。32㎞からキロ4分20秒台を刻み続け、気分もノッテきた。沿道で近くの中学生たちが列を成して手を差し出し、全員の手のひらにタッチ! さらに気分が盛り上がったところで、昭和大橋を渡って国道の広い道に出たら多くの声援が。ナンバーカードだけでなく、ほとんどの方が名前で声援してくれるところがすごくうれしかった。「この調子が続いたら7時間台もいけそうだ!」という期待感から、奇跡にも思える復活ぶりに胸躍らせながら走っていった。今日、ここにきて走って「ほんとうに」よかったと思える瞬間だった。

ただ、国道からわき道に入った40㎞過ぎからそれまでの順調なピッチが鈍ってきた。リズムが変わるのと同時に、ももに張りを感じるようになった。「やっぱり30㎞から飛ばしすぎたな」とペース設定ミスを悔やむ。ここから精神的にもきつくなってきた。事実。ここから55㎞までの走りはあまり記憶がない。後方からの追撃も許し、次々と抜かれる。50㎞通過は4時間3分ジャスト、このあたりで「入賞は難しいな」と覚悟する。(後で振り返ると、あきらめるのが早すぎたと反省)

55㎞まではだいたいキロ5分10秒ペース、このペースならば8時間20分台でいけるだろうと気を取り直して走り始めたところに、半家(はげ)の沈下橋を渡る区間に到着。四万十川が増水時にこの橋自体も沈んでしまう四万十川の名物、ここを渡るのを楽しみにしていた。

55kmchinka4_1 実際走ってみて、疲れのせいか力がコンクリートに吸いとられるような感触、そして手すりがないので「よろけたら川に落ちてしまいそう」と思いながら走る。写真で横を見たところが写っているのはそのような気持ちの表れかもしれない。沈下橋を過ぎて間もなく、100Mあまりを上るところへ。20㎞の峠越えは順調にこなせたのに、それよりもたやすいはずのここでは全く調子が出ない。上りは歩くようなピッチで、下りはももが自由きかなくなっていたのでよたよたして走る。このあたりはキロ7分を超え、今年のサロマの悪夢の再現も頭をよぎった。

いやな上り下りを終え、半家大橋を渡ったら広い国道へ。きょうは広い道に出ると調子づき、ここでも国道に出てからキロ5分10秒ペースに戻した。55~60㎞は35分かかるだろうと思っていたが、国道に出てからの挽回により、28分台に持ち直した。ウルトラマラソンでは決してあきらめてはいけない。ピンチになったときでも、復活のときを信じて、がまん強く走ればまた元気よく走れるだろうと信じることが大切と思った。

レストステーションのある62㎞の江川崎カヌー館に到着。あらかじめ準備しておいたサロメチールをももに塗り、ディクトンをわきの下と股下に塗って後半に備える。レストステーションを出るときに、先ほどのナンバー110番の選手に声を掛けていただいた。これで元気づいて、これからの挽回に期待を寄せる。60~65㎞はレストステーションでの2分ほどの休憩がありながら、27分台。まだまだいける。。。

70kmiwama

70㎞近くなってから、好調・不調が気まぐれに繰り返すようになった。2度目の沈下橋(写真)を渡った後、またピッチが鈍る。日差しが強くなり、給水時に頭から水をかぶらずにいられなくなってきた。この日の最高気温は28度近く、季節外れの暑さだ。どうも、沈下橋には相性が悪い。絶景の四万十川の自然を楽しむ余裕などなかった。70㎞通過は5時間56分、目標の8時間30分どころか、8時間台の死守ができるかどうかポイントとなってきた。

71kmrakusha1

この斜張橋を渡るころは元気だったものの、細い道に入ると目に見えてピッチが鈍る。75㎞手前で陸連登録のランナーに追いつかれる。独特のフォームだったが、ついていくにはちょうどいいリズム。2004年の秋田100㎞マラソンでまつごろうさんの「引力」に導かれて10位入賞したときを思い出し、しばらく並走する。キロ6分に落ちていたラップも5分前半に戻る。ただ、76㎞あたりの給水で水を開けられてから追いつくことはできなかった。

80㎞を過ぎてまもなく、女子のトップ選手に抜かれた。予想していた有名選手でなく意外な感があったが、リズムよいしっかりした走りをしていた。しばらくは後ろについたが、悔しいけれど次第に水を開けられた。実際、今回の大会でこの80㎞付近がもっともきつかった。そんなときに救いとなったのが81㎞のエイドステーション。ノリのいいお兄さんが「リクエストありますか?ビールもあるよ!」って聞いてくれたり、何よりもおいもとえびの唐揚げがおいしかった。あまりのうまさに何度もおかわりしたら、エイドのおばちゃんから「えらい、えらい」って心暖まる声援をいただいた。

80~85㎞は今回初めて5㎞30分を超えた。このあたりから、沿道からの暖かい声援が身も心にもしみて感じ始めた。自分の姿が見えたときから拍手を始め、ナンバーをプログラムで確認してから名前を呼んで、「ここまで来てえらいよ、もう少し!」って感じで声援してくれ、自分の姿が見えなくなるまでまた拍手で送り出してくれる。その気持ちにこたえようと、通るときに小さくガッツポーズしたり、自分が後ろ姿になってからも手を高く上げて「背中」で感謝の気持ちを表現した。ほんとう、この大会の声援はすばらしかった。街じゅうが一丸となってこの大会を盛り上げ、選手ひとりひとりに熱心に声援してくれている。

100kmgoal ゴールの瞬間が近づいてきた。98㎞過ぎにある急坂ってどれほどきついのだろうと思いながら足を進める。最後の坂はいじわるなぐらいきつかった。沿道で「もうすぐ坂の頂上、あと一息!」って声をかけていただいたら、きついながらも腕をよく振って走り始めた。ゴールの中村中学・高校手前の狭い道で名物「紙吹雪」によるお出迎え。これもまたうれしかった。紙吹雪を受けてから力を振り絞ってラストスパート。途中で練習不足が災いして息が切れてしまう予想外の展開。「しまりがない」と思いながら、ピッチを少し落とす。ゴールゲートが見えたら再び思い切って腕を振って走る。記録はさえなかったけれど、8時間台復活のゴールにガッツポーズしながらゴールテープへ。アナウンスで「笑顔のステキなゴールです」と言われたのが、照れくさいながらもうれしかった。やっぱり、ウルトラマラソンはゴールしてこそ価値があるものだと思った。

【走り終えて】

仕上がり具合から考えると、もっといい記録が出そうだったし、今回はみすみす入賞のチャンスを逃してしまった感はありますが、悔しい思いをした今年のサロマで失ったものや輝きを取り戻すことができたという点でうれしさも感じています。サロマのときの写真と比べてみても、絞れた様子が「自分では」よくわかります。サロマのときは明らかに肉付きがよすぎたけれど、今回は少しはすっきりした感がありそうだなって。

完走記で何度か触れたけれど、この大会ほんとうにすばらしい。大会ポスターにも書いてあった「走りきる人たちもすごい、支える人たちもすごい」、まさにそのとおりです。来年も、できることならば参加抽選を通過して、もう一度このコースを走ってみたい。今度はもっとウルトラランナーらしい練習をして。。。

2006年10月15日 (日)

四万十100km 結果

2006/10/15

63
yuki's
100km 登記登録
20km: 1:35:43実
40km: 3:10:22実
60km: 5:00:37実
80km: 6:55:52実
FINI: 8:53:09実

ふた言、「暑すぎた」、そして30〜40kmで調子に乗りすぎた。
レース内容自体は満足。何度も生き返りました。あと15分がんばれば陸連8位入賞、惜しいことをした。

詳報はまた後ほど。

スタート迫る

スタート迫る

スタート地点に到着。
おもいっきり走ってきます!

2006年10月14日 (土)

お守りがわりに

お守りがわりに

受付会場にあった、地元中学生が石に描いた応援メッセージです。

沈下橋がとても鮮やかに描かれていたので、これをお守りがわりに持ち帰りました。

受付会場

受付会場

四万十会場に到着。
あすへの気分が盛り上がる。

長旅だった。。。

さあ、出発だ

朝5時前に軽く40分jog。順調だったが、パシフィコ横浜前であわや転倒のハプニング。徳俵で片足一本で残った感じ、もしもこけていたらこれまで仕上げてきたことがパーになってしまっていたかもしれないと思うと、冷や汗ものだった。こけなかったところを見ると、まだまだわたしには運があるみたい。


程よい緊張感に包まれながら、いざ出発。「手ぶら」ではなく、よりたくさんの思い出と収穫をおみやげに持ち帰ってきたい。

2006年10月13日 (金)

準備OK!

四万十100㎞への最終調整として、1000mの刺激を一本。いいムードで走れ、前半・後半とも1分49秒のイーブンで3分38秒。コースレコードを6秒更新した。

だいぶん、いい手ごたえが感じられるようになった。久々に自信を持って大会に臨めるというのが何よりもうれしい。やりのこしはない。もう、どーんとこいって感じで。。。

準備OKです。これから旅支度をしてあすの出発に備えよう。

あすは6時30分出発、早起きしよう!

2006年10月11日 (水)

もう少し、あと少し

本日のタイトル、よく聴くいずみ(泉水)ちゃんの曲のタイトルと同じ。何かと忙しかった中間決算のゴールまでもう少し、そして復活の快走を心に期した四万十100kmのスタートまであと少し。双方、一見すると単体では似たような意味に取れるのに、こうしてゴールとスタートという両極端のことばを並べてもうまくフィットするところもまたおもしろい。

ここにきて、仕事の疲れもあるけれど、仕事でのゴールと檜舞台のスタートが見えてきているので、毎日緊張感を持って臨むことができている。これからは、距離を落としてばねをためる時期。今年のサロマではここで失敗してしまった。その教訓を活かし、大会当日に向けてしっかりと体調を整えよう。

2006年10月10日 (火)

拍手!

休日出勤、思いのほか手間取って帰宅は22時。1日じゅうぽかぽか陽気で仕事しているのがもったいないぐらいのお天気、ただ帰宅時は上着一枚では肌寒かったかもしれない。

気になっていた駅伝、会社で仕事中チェックするわけにもいかず、結果がなかなかわからなくてずいぶん気をもんだけれど、初出場で全国の有力校に交じっての力走はあっぱれでした。特に1区の滑り出しはしびれました。解説者も讃えるような走りには「拍手!」、気分爽快です。(帰宅後、留守録画したビデオを見ていたら、もうこんな時間。。。ただ、北朝鮮のニュースで先頭を走り続けた「おいしい部分」が完全に映っていなかったのは心残りでした。

後輩たちの力走は、今度四万十100㎞を走る自分にとって、何よりの活力となりました。

決算もいよいよ大詰め、もうひと踏ん張り。。。

2006年10月 8日 (日)

感動した~

標題のタイトル、前首相のお言葉を拝借。

朝9時から、来週の四万十100kmの最終調整として皇居を4周。大会当日のレースペースを想定し、5km23分台が目標ペース。入りでやや気負ってペース以上の走りとなり、リズムがウルトラ走るには必要以上に速くて大丈夫かなと思ったけれど、1時間30分29秒でフィニッシュ。ラスト1周は、10時スタートの皇居ロードレースの先頭集団に追いつかれてから、その流れに乗りながら1周21分前半でカバー、おつりがきた感じでした。

【LAP】

5KM   0.23.14/0.23.14
10KM  0.46.02/0.22.48
15KM  1.09.06/0.23.04(皇居ロードレースの混雑避けるため30秒近く遠回り)
20KM  1.30.29/0.21.23

いい感じに仕上がってきたと思います。来週が楽しみです。

*********************************************************

練習が終わり、和田倉門奥の給水場でうがいに行ったら、何やら行列ができている。誰か通るのかなと最初は気にもしなかったが、警護の警官が「もうすぐ陛下がここを車でお通りになられます」と説明していたので、わたしも「行列」の一員としてしばらく待つことに。こんな千載一遇のチャンスのときに限って、めがねとカメラがない。困ったもんだ。

5分ほどしたら、白バイと黒塗りの車に先導されて陛下のお車が目の前を通る。車の窓を開けて、手を振っていらっしゃいました。車が通過し終わるまで、レース中だった皇居ロードレースも「信号待ち」状態、珍しい光景だった。

わたし自身、陛下をこの目で見たのは初めて、もう一生チャンスがないかもしれないとさえ思える機会に恵まれて、幸運に思えた。

通過後は周りの皆さんとともに感動状態、というわけで、標題の如く「感動した~!」という思いとなった。ごきげんになったので、ごほうびとして八重洲北口の筑紫楼でふかひれ入り頂上麺セットを食べて帰宅。

さあ、あすは出勤だ。

2006年10月 7日 (土)

3連休は決算と四万十の調整です

今週、決算での業爆で帰宅が23時を回ることが多かったので、さすがに疲れてきました。それにも増して、きょうは土曜出勤に「魔の」お客様対応の電話当番、出勤前からビシバシとプレッシャー感じていました。(わたし、うぶなんです。)

そんな中、朝練ではみなとみらいの片道500mのなんとかプロムナード歩道を往復するスピード刺激を1本。風が強く、行きはよいよい帰りはこわい。ましてや、仕事のプレッシャーもあって集中しきれないまずい状況。それでも、前半の上りは追い風に助けられて1分51秒、帰りは苦しかったけれど気持ちを切らさずに走って1分53秒、これまでのコースレコードをせこく1秒更新しました。(…「ぶぶか」の棒高跳びみたい。世界記録を1センチずつ更新するみたいに。。。) でも、まだ低レベルながらも自己ベストはうれしい。

仕事は、どたどただったけれど、無事に終了。会社からの帰り道の電車の中、あっしのホームページに載せた「2004.秋田100kmマラソン完走記」を携帯から久しぶりに読み入ってしまいました。自分のことながら、読んでいるうちにうるっとくるところがいくつかあって、気づいたら下車駅でした。あのときのように、逆境を乗り越えて、自分自身の持てる力を出し切って、「走っていてよかった!」と後々になっても感動多き走りができればいいなと思っています。

あすは早朝皇居に乗り込んで20km走、キロ4分40秒でまとめたいところ。そして月曜は出勤です。母校の後輩たちが初出場する出雲大学駅伝も見たい。体が2つほしい。。。

2006年10月 6日 (金)

雨にも負けず

朝から雨が本降り。悪いことに昨日24時近い帰宅で疲れ、起床時にこむら返りがきそうだった。起床は6時、風邪が消えたばかりなのでそのままサボる選択肢もあったが、雨にも負けず走ることにした。時間が押していたので走れたのはたったの10㎞、でも走ったことで「四万十」への気持ちがつながったと思う。

出勤時には雨足・風が強まり、途中で折り畳み傘が「骨折」してしまった。このあと、傘も用をなさない嵐のような天気になり、たいへんな1日だった。もちろん、「残業」つき、会社からの最終の品川行きシャトルバスで帰宅の途に。

きのうの「悔しい思い」がきっかけで、来年2月の出場大会をどうしようか考えた。遠出をするか、3月の湘南マラソンに備えてハーフ程度におさえるかなど、いろいろと選択肢があったが、考え抜いた結果、12年ぶり6回目の「青梅」を選んだ。20年前、お祭りのような大会に胸ときめかせて走ったときのよろこびを思い出しながら、心地よく走れたらと思う。

3連休は、決算のため土・月の飛び石出勤です。四万十のためにも辛抱しよう。

2006年10月 5日 (木)

負け組?

東京マラソン抽選、みごとに玉砕!
果報は寝て待ったけれど、運がなかった。負け組の気分、22時30分までの残業後の雨はいやみに思えるほどこたえた。


気持ちを切り替え、四万十100kmでがんばるぞー。

2006年10月 4日 (水)

風邪とともに走る。。。

朝から鼻がぐずぐず、くしゃみの連続。。。

月曜に雨の中を走ってから、どうも風邪がウルトラマラソン直前のわたしの体をノックしはじめている。きのうはさほど気にならなかったのに、きょうは動きがさえず100m40秒近いペースだった。まさに風邪とともに走る。好調ムードが風邪とともに去りぬ。。。ってならないことを祈るのみ。

通勤でも、仕事でも、調子悪くてつらかった。こんなときに限って忙しい。でも、けがの功名、忙しさに埋もれているうちに風邪ひいていることもどこかに忘れてきたみたい。このままどこかに飛んでいってほしい。

2006年10月 3日 (火)

勝負靴、試し履き

朝練習、雨が上がっていたので、四万十100kmでの勝負靴「ターサーUL」をおろして試し履き。四万十での序盤の山場の高低差600Mの峠越え対策として、「横浜の軽井沢の坂越え」もあわせて行った。このシューズ、重さ160gだけあって軽い。ただ、疲れがきたときに衝撃をもろに吸収しそうな恐れも直感、こればかりは当日にならないとわからない。安全策をとるか、勝負に出るか、判断が必要なところだが、わたしは迷わず「勝負靴」を選ぼう。安全策のシューズには「サロマ」の苦戦のあとがしみこんでいることもある。失敗を恐れず、自分自身の可能性に賭けてみることにしよう。

きょう、何気なく四万十100kmの郵便物をながめていたら、地元中学生からの直筆応援メッセージが同封されていたことに今ごろ気づいた。

【メッセージ(原文そのまま)】

「練習の成果を出しつつ、四万十川の景色を見ながら、リフレッシュをして、走ってください。そして、最後まであきらめずがんばって走ってください。応援しています。」

…メッセージは素朴で、言葉を選びながら、何度か書き直した跡がわかり、とても感激した。練習の成果を発揮し、四万十の自然を体に取り込んでのびのびと、最後まであきらめずに走ることを心に留めて走りぬきたい。ナンバーカード63番、がんばります!

2006年10月 2日 (月)

今日から下半期

今日から下半期。。。ということで、衣替え(…バイバイ、クールビズ)、社長・事業所長の下期開始にあたっての訓示などなど、区切りの1日。お天気も冷たい雨で、ウインドブレーカーと帽子なしでは一発で風邪ひきそうだったので重装備。つい最近までTシャツ・ランパン一枚でちょうどよかったのに。。。 まさに「区切りの1日」にふさわしいと思えた。

みなとみらいのタイルの歩道では、雨ですべらないよう注意して走った。2日で65㎞走った疲れもあったが、きのうスピード刺激を入れたので、「生きた」動きをしていた。合計12㎞、もう少し走りたかった。あすにとっておこう。

2006年10月 1日 (日)

のんびり、リハビリ日曜日

きのうの皇居40㎞走の疲れに加え、昨晩家内のご両親に吉祥寺「プリミ・バチ」でごちそうになってワインで二日酔い。。。ということで、きょうはのんびり、リハビリ日曜日でした。

走り出すと、ももがとても張っていて、日産スタジアムへと向かう2箇所のいやらしい上り坂で足が止まりそうなスロージョッグ。それでも、このままのんべんだらりんとジョッグするだけでは「四万十100㎞」につながらないと思い、日産スタジアム回廊内で950Mのインターバルを2本。1本目では、ももが動かないと思いながらも後半立ち直り、ベストタイの3分50秒。1周ジョッグのあとの2本目は、1本目よりほぐれて3分44秒。いい刺激を入れることができました。合計で25㎞、きのうの疲れがあった割にはぼちぼち走れたほうと思います。

帰宅後は、しばらく仮眠してから渋谷のアートスポーツへ。ウルトラ用のシューズがよく見ると、足指あたりに小さな穴があいていることに気づき、大会2週間前ながら、おニューで走ることを決意。ターサーを買うつもりでしたが、従来の200gよりも軽い160gの「ターサーUL」が店頭にあったので、迷わず選択。あと2週間で足合わせして、大会当日を迎えたい。できれば、晴天時にためし履きしておきたい。

9月の走行距離は518㎞、社会人になってからの19年で歴代5位でした。練習は裏切らない。重ねた努力に記録や充実感がついてくると思います。ただ、距離を長く走ることが「すべて」ではない。大切なのはただ走ることではなく、「目指す大会や目標を見据え、どんなねらいで、どのような練習ができたか」という姿勢だと思います。四万十100㎞まであと2週間、大会当日にベストな体調で臨めるよう、万全を期していきます。

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