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2007年6月30日 (土)

2007サロマ100㎞完走記

2007 サロマ湖100㎞マラソン

【記録】 10時間16分30秒(自己ワースト、初の10時間台)

【順位】 陸連登録の部85位

【LAP&SPLIT】

KM LAP SPLIT
5 0:22:21 0:22:21
10 0:45:16 0:22:55
15 1:09:02 0:23:46
20 1:32:27 0:23:25
25 1:58:20 0:25:53
30 2:25:21 0:27:01
35 2:50:19 0:24:58
40 3:17:20 0:27:01
45 3:46:17 0:28:57
50 4:14:48 0:28:31
55 4:47:10 0:32:22
60 5:16:03 0:28:53
65 5:51:25 0:35:22
70 6:27:29 0:36:04
75 7:00:30 0:33:01
80 7:33:37 0:33:07
85 8:07:58 0:34:21
90 8:48:58 0:41:00
95 9:27:12 0:38:14
100 10:16:30 0:49:18

【走評】

大会直前のふくらはぎの故障で苦戦覚悟していたが、まったくそのとおりの展開となった。かつての「2004秋田100㎞」や「2005宮古島ワイドー100㎞」でも今回同様のピンチに追い込まれながらも、逆境を跳ね返す快走にかえていたことを心のよりどころとして「奇跡」を願っていたが、いろいろなアクシデントが重なりその再現はならなかった。

①出走前のアクシデント

2週間前に違和感を感じていた左ふくらはぎはその1週間後の皇居ランでバランス崩したときに軽い肉離れに悪化、正直スタートラインに立てなくなるのではという危機感でいっぱいだった。事実、3日間は歩行時すらびっこひいていた。それでも、その3日の完全休養などのリハビリの功が奏して、大会2日前にはJOG時にも違和感を感じないほどに回復し、何とか「走れる」めどがついたと思った。

しかし、大会当日の朝、睡眠は6時間ばっちり、朝食も万全、天候も曇りで絶好と思っていたところに思わぬ落とし穴。紋別の宿から出発30分前になって、胃腸が重たく感じた。便を出そうにも珍しく出ない。会場入りしてウオーミングアップに入っても胃腸がもやもやしてまともに調整できない。「走り始めると集中して気にならなくなるだろう」と気楽に考えることにして、スタートのときを待つことにした。

②いざスタート

午前5時にスタート、目標記録は故障中につき当初の目標を下方修正して何とか8時間台キープとした。入りは控えめに入ったもののキロ4分20秒台と上々、徐々に体制を整えていこうと思っていた矢先の2㎞すぎ、心配していた事態が発生。患部の左ふくらはぎが張り始めた。患部が極端に痛むことはなかったが、足に負担のかかる走りとなってしまい、その後の走りに大きな影響を与えてしまうことになる。

ノリの悪い走りだったが5㎞は22分21秒とほぼ予定通り、周りにはどうみても無理している走りに見えるランナーがちらちら、ペースが上下動して走りづらい。「先は長いのになぜこんなにムキになっているのだろう」と、わたしにはシンジラレナイ走りなのであえて無視。

10㎞通過後、昨年同様尿意を感じ始めた。今年は昨年の再現だけは御免と、スタート前のトイレには万全を期したつもりだったが、今回は肌寒さと胃腸の不調が誤算だった。昨年と同じポイントでWC休憩、自分の中では「昨年の自分とは違う」ところを走りで示したかった。

③序盤からの誤算

しかし、展開は昨年と全く同じでWC後リズムが崩れた。10~15㎞が23分46秒、WC休憩を割り引いても23分台だ。ほどなく、顔見知りのランナーが追いついてきて「きょうは慎重なペースで抑えてますね」と話しかけられる。きょうの体調では「笑ってごまかす」しかない。このランナーはベストが9時間半のランナー、わたしからみたら「ちょっと速すぎない?」って写った。もっとも、この調子で走られたら8時間台の期待もあるが。このランナーも視界の外において自分のペースを信じることにした。

15㎞を過ぎて龍宮台を折り返し、どうも走りがだぼついている。切れ味が鈍い。前述の顔見知りランナーは次第に見えなくなっていく。そして、一度先に行かせた、5~10㎞で並走したオーバーペースランナーにまた抜かれた。WCのロスタイムのいたずらだろうが、今回はいやなときにこのランナーが現れる傾向にあったようだ。

20㎞が近づくにつれ、腹が冷えて集中力の維持が難しくなってきた。5㎞23分台が救いだったが、このままいけば昨年同様30㎞は2時間18分台だ。またトイレに行きたくなってきた。しかも「大」。。。 

22㎞すぎに公衆トイレ、そこで用を足そうと思ったが先客アリ。待っているわけにも行かないので小だけにした。25㎞ぐらいにWCがあるだろうという期待を胸に。ロードに戻ったが、腹が張って走りに集中できない。やがて25㎞、5㎞25分台とまさかのペース。「ふくらはぎもこの調子だからほんとうに完走できるの?」って限りなく不安になってきた。

26㎞ぐらいでようやくトイレ発見。ようやく用を足せた。しかし、下痢のため3分のロスタイム。WCの外からはランナーを声援する歓声が聞こえてくる。WCで腹痛にあえぎながら、「こんなところで自分は何やっているんだろう」というくやしささえこみ上げてきた。

④復活なるか。。。

WCから3分後、レースに復帰。3分でずいぶんとランナーの数が増えたものだと思う。本来ならばこんな位置で走っていることはないのにとも思ったが、復帰してからは「悪いもの」もいっしょに吐き出された感じがしてまずまずの走り。リズムもいい。

30㎞に到達。2時間25分台と「まさか」の通過タイム、でもこの5㎞はWC休憩3分を入れても27分01秒なのでまだまだ望みはあると思った。やがて、3年前に調子をつかんだ長い農道に入る。ここ2年はこのロードで崩れていたが、涼しい今年は「生きた」走りができている。3年前の再現なるか。。。と期待を抱きながら走る。

⑤給水、WCで転機

長い農道はほとんど集団走、単調なコースだったがマイペースを維持。そして33㎞すぎの給水所に到着。ここまでの給水ポイントが長かったので立ち止まってしっかり水分補給。しかしこれが裏目に。集団から離れてしまいあっという間にひとり旅。もたもた走り出しても容易に追いつけない大差になっていた。これで走りのリズムが狂う。35㎞は辛うじて24分台、もう少し出ていると思っていたのでやや消沈。気晴らしにWC休憩。リズムを取り戻すにはずいぶん時間がかかる。それでも、ここ2年の苦悶の走りよりはまだましだ。ほどなく、序盤で大きく置いていかれた不細工走りのオーバーペースランナーと赤いウエアの走友を追い抜いた。いずれも苦しそうな走りに見えた。やはり、ウルトラマラソンでは序盤調子に乗り過ぎないことが肝要と思った。あくまでも序盤はウオーミングアップ。

オホーツク国道の長い直線の先には、40㎞近くの左折ポイントが見渡せる。その手前に給水所、なぜかきょうはご飯ものを欲しない。水分やせいぜいバナナ。胃腸変調で明らかに食欲が削がれていた。そして、今回は給水後やWC後にリズムを崩すことが多い。いつもとちがう100㎞マラソンに戸惑う。そして35㎞から25分経ってもまだ近づいてこない40㎞地点、焦りも出始めた。

ようやくたどりついた40㎞は3時間17分で通過、このままのペースなら中間点は4時間10分超えだ。この大会での中間点通過は、「3時間45分→3時間56分→4時間6分」と10分単位で落ちているいやなデータがある。動きもぼてぼてして調子に乗れない。月見が浜を通る側道に入ったところで集中力が切れ、ほとんどジョギング状態に。キロ5分半をゆうに超えるペースだった。42.195㎞地点通過は3時間29分と遅すぎ、レースを投げてしまいそうなピンチ到来。

⑥持ち直しの兆し

月見が浜の側道を抜けると再びオホーツク国道。ここから中間点まではこのコースには珍しいだらだら上りがある。過去3回の大会でも苦戦しているポイントだが、不思議にも今回はここで元気になった。どうして持ち直したかはわからない。「しっかり走れ」と神さまが仕向けてくれたのかもしれない。このあたりからは、ここまで10分遅れとなっている昨年の通過タイムをターゲットにしはじめた。中間点通過は4時間14分、がっくりきそうなタイムだが、昨年からの借金が10分から8分に減ったので気をよくした。上りでも5km28分半、平らな40~45kmよりもいいタイムなので、粘り次第では8時間台の希望も残っている。ただ、左足のキックがよそよそしいのが気がかりだった。

⑦ああ、両脚けいれん

中間点を過ぎ、54km過ぎの緑館のエイドステーションへ向かう。WC休憩と上り坂でロスタイム1分だったが、その後はだいたいキロ5分半ペースで安定。スタート時の曇り空から一転、日差しがまぶしくなってきたので、のどの渇きも気になり始めた。

緑館のエイドステーションでは、内股にディクトン塗ってから足全体にサロメチール。そのあと、「秘密兵器」の自社製品のペプチド粉末をと思ったが、足のケアに時間をとられ、そこまで施す余裕もなかった。やむなく、オフィシャルエイドのアミノバイタルを代替品とし、ペプチド粉末を溶かすためのミネラルウオーターは半分飲んだ後、もったいないけど頭からかぶった。ロスタイムは3分、のんびりしすぎた。

エイドを抜けると調子いい。しばらくこのペースでいけそうと思うとうれしくなっていた。しかし、好事魔多し。突然右ふくらはぎにけいれんがきた。痛いほうの左足でなかったのがショック。追い討ちを掛けるように今度は逆足の左ももにけいれん。痛いふくらはぎの上の筋だった。暑くなってきた上、食欲不振、そして無意識のうちに患部の左ふくらはぎをかばううちに不自然な走りになったことが、中間点過ぎでのけいれんにつながったものと思う。せっかく調子をつかみかけていたのに、何度も立ち止まって屈伸したり、安全運転しているうちにリズムが崩れつつあった。とにかく、けいれんを最小限に食い止めてゴールまで走ることがこの時点でのわたしの「課題」であった。やがてこの大会の「重大な転機」となる60km地点が近づいてきた。

⑧苦悶の走り

給水所にもなっている60km地点に到着。5kmラップは28分台と何とか「最低限の仕事」はできた。暑いので梅干をごちそうになる。梅干のあとでバナナを食べると甘さが際立つという新しい発見。以後くせになりそうな発見だった。またしてもWC休憩。ここまですでに8回、あと1回で自己タイ記録だ。やっぱりきょうは体調がおかしい。でも現在の体調でできる限りのベストを尽くすのがアスリートだ。

走りはじめてまもなく、いやらしい上り坂。「こんなところに上りあったかな?」と戸惑い。追い討ち掛けるように、エイドを出てから走りのリズムが悪い。61kmで時計を見たら60km通過から「何と」8分台! そんなばかなと思いながら、キムワネップ岬へと続く道へ。日差しで水が恋しくなった。かぶり水があったのでついでに給水もと思ったが、悪いことにふたの開いたバケツの中に虫が浮いていたので断念。ふた付のバケツには氷入りの水だったので、頭からかぶって再出走。ここでもロスタイム1分。そのあとまた尿意をもよおしWC。この区間はロスタイムだらけ。だから5km35分という絶望的なタイム。この時点で8時間台をあきらめ、昨年のタイムが目標となった。

65km以降はキロ6分半が標準的なペースとなった。気持ちだけはしっかりしているが、とにかく動きが重い。大会2週間前にふくらはぎ痛くなってから思うような練習ができず、よけいな脂肪がついてしまったことを悔やんだ。「おれ、何やってるんだろう」って思いで、悔し涙が何度か出てきた。そんなときに、太い声で「がんばれー、ずいぶん待ってたぞー」という会社の先輩からの声援が飛んできてびっくり。この先輩は大会当日娘さんのサッカーの試合のため応援は微妙と思っていたが、わざわざお時間割いてわたしの走りを見にきていただいたことが非常にうれしかった。あとで聞いたら、ここで1時間半以上もお待ちになられていて、リタイアしたのでないかと心配していたところに、「悲壮感いっぱいの苦悶の姿で」通過していったとの感想でした。ずいぶん待たせてしまい申し訳なかった。そしてまた涙が出てきた。

⑨思い出の場所で。。。

やっとこさ70kmを6時間半近いタイムで通過。予定ではあと1時間早くと思っていたが、今となっては昨年の9時間25分もきわどくなってきた。

70kmを過ぎると、サロマ湖の湖畔から潮の香りが心地よく漂ってきた。そしてこのあたりは湖面のサロマンブルーが緑にまばゆく映えて、とても絵になるポイント。そして、ベストを出した3年前、家内から応援いただいた場所だ。

…あのときを振り返ると、一度家内を乗せた路線バスが通り過ぎたあと、運転手さんが気を利かせてくれて、わたしが通り過ぎるのをもう一度待っていただいた。イキなはからいと家内の声援に感謝し、「7時間台、いけるぞ!」と家内に叫んだことを思い出した。

思い出の場所で、3年前と同じようにまた元気を取り戻した。3年前、このあたりはキロ5分ジャストから4分40秒台にペースアップしてかっとんでいたが、今回は5分57秒。ペースはメロメロだが、今の自分には4分40秒台にも思える価値あるペースアップだった。

74km、鶴雅リゾートのエイドに到着。ほたて入りソーメン食べて栄養補給。前回、前々回は、ゆっくりおしるこ食べたあと出走したらぱったり足が止まった苦い経験があったので、おしるこはがまん。その甲斐あって(?)、昨年のような投げたような走りではなく、手ごたえ感じる走りを維持できていた。ペースこそキロ6分を少し超えていたが、「目」は生きていたので、苦しさ以前にリズム感が心地よかった。この大会のクライマックスのワッカ原生花園が徐々に近づいてきた。

⑩ワッカ原生花園…奪われた足の自由

スタートから7時間半経過後、ワッカ原生花園に入る。小刻みなアップダウンが続く勝負どころゆえ、気持ちを引き締めて最初の坂を上る。しかし、ももが上がらない。先ほどまでのリズム感がうそみたい。リズムを取り戻そうと回復のチャンスを待ったが、ペースがキロ6分半を超え始め、悪化の傾向。ももに喝を入れようと足上げしようとすると、患部の左ふくらはぎが痛むのであきらめる。もう八方塞がり。

85kmを過ぎると、走るというよりは走っている格好をしているだけ。ついにキロ7分を超え始めた。ちょうどそのとき、超ウルトラな走友とすれ違う。ワッカ入りが7時間半だったので、走友のベスト記録から考え、てっきりすれ違うことないままゴールと思っていたが、思わぬ遭遇にびっくり。お互いのつらさが空気で伝わってきたので、「はぁ~」ってひと息ついて、申し訳なさそうに手を上げて会釈する。走友からの「がんばりましょう」というシンプルな激励がとてもうれしかった。

折り返し目前、足場の悪い砂利道にさしかかる。砂利道を走るだけのももの力は残っていないので、折り返しまでの往復400mはロスタイム承知で歩きとおす。舗装路に入ってから再び走り始めたが、目いっぱい走ってもキロ7分がやっと。90kmは8時間48分台、残り10kmを70分でさえ走れば9時間台だ。

折り返して4kmまではキロ7分ペースを維持、しかし94km過ぎからは下り上りが続き満足に走ることが難しくなってきた。坂はももが痛いので下りも上りも歩きとおすしかなかった。ここにきて大きな誤算。95km通過は9時間27分、ここですでに昨年のゴールタイムをオーバー。そして5km38分、「もう9時間台はだめだ」と観念。気持ちが切れたのと同時に、ももの痛みの自覚症状も強くなり、満足に走れなくなった。走るフォームはとっているが、実質は競歩のような走り。これではキロ10分がやっとだ。

⑪苦悶のゴール

競歩のようなフォームでワッカ原生花園を抜ける。ゴールまであと2km、いつもならゴールできるよろこびでラスト2kmが短く感じるのに、今回はペースがペースだけにゴールがとても遠く感じた。長い、長い時間に感じた。

それでも、いくつものアクシデントを超えてここまでたどりついた「安堵感」、この程度の走りしかできなかった自分への「悔しさ」、そしてこんなやっとこさ走り続けている自分に「お帰りなさい、もう少しよ」って背中を押してくれたあたたかい「声援」が重なり合って、いろいろな想いの混ざった「涙」が。。。 空も今にも泣き出しそうな感じになってきた。もらい泣きか?

ラスト1kmというのにまたWC。きょうはこれで13回目。記録的といえば記録的だが、しまりのない走りの原因をつくってしまった。

そしてようやくゴールの常呂町スポーツセンターにさしかかる。会社のもと上司が待っていた。2時間以上待たせて大変申し訳なかった。上司の顔を見て、走る元気が戻った。いつもなら笑顔のゴールだが、今回は苦悶のゴール。10時間16分30秒、今までの100kmマラソンの中でもっとも長い1日だった。

【反省など】

走る前から勝負は決していた感じで悔しい。「もしも」ということばは使わないようにしたい。借りは次の100kmで返そう。

今回は、大会前、大会当日の苦戦はもちろん、大会後に39℃の発熱に見舞われ、何かと祟られっぱなしの大会だった。でも、「長い人生こんな試練もあるんだな。。。」とプラスに考えよう。

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