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2007年6月30日 (土)

2007サロマ100㎞完走記

2007 サロマ湖100㎞マラソン

【記録】 10時間16分30秒(自己ワースト、初の10時間台)

【順位】 陸連登録の部85位

【LAP&SPLIT】

KM LAP SPLIT
5 0:22:21 0:22:21
10 0:45:16 0:22:55
15 1:09:02 0:23:46
20 1:32:27 0:23:25
25 1:58:20 0:25:53
30 2:25:21 0:27:01
35 2:50:19 0:24:58
40 3:17:20 0:27:01
45 3:46:17 0:28:57
50 4:14:48 0:28:31
55 4:47:10 0:32:22
60 5:16:03 0:28:53
65 5:51:25 0:35:22
70 6:27:29 0:36:04
75 7:00:30 0:33:01
80 7:33:37 0:33:07
85 8:07:58 0:34:21
90 8:48:58 0:41:00
95 9:27:12 0:38:14
100 10:16:30 0:49:18

【走評】

大会直前のふくらはぎの故障で苦戦覚悟していたが、まったくそのとおりの展開となった。かつての「2004秋田100㎞」や「2005宮古島ワイドー100㎞」でも今回同様のピンチに追い込まれながらも、逆境を跳ね返す快走にかえていたことを心のよりどころとして「奇跡」を願っていたが、いろいろなアクシデントが重なりその再現はならなかった。

①出走前のアクシデント

2週間前に違和感を感じていた左ふくらはぎはその1週間後の皇居ランでバランス崩したときに軽い肉離れに悪化、正直スタートラインに立てなくなるのではという危機感でいっぱいだった。事実、3日間は歩行時すらびっこひいていた。それでも、その3日の完全休養などのリハビリの功が奏して、大会2日前にはJOG時にも違和感を感じないほどに回復し、何とか「走れる」めどがついたと思った。

しかし、大会当日の朝、睡眠は6時間ばっちり、朝食も万全、天候も曇りで絶好と思っていたところに思わぬ落とし穴。紋別の宿から出発30分前になって、胃腸が重たく感じた。便を出そうにも珍しく出ない。会場入りしてウオーミングアップに入っても胃腸がもやもやしてまともに調整できない。「走り始めると集中して気にならなくなるだろう」と気楽に考えることにして、スタートのときを待つことにした。

②いざスタート

午前5時にスタート、目標記録は故障中につき当初の目標を下方修正して何とか8時間台キープとした。入りは控えめに入ったもののキロ4分20秒台と上々、徐々に体制を整えていこうと思っていた矢先の2㎞すぎ、心配していた事態が発生。患部の左ふくらはぎが張り始めた。患部が極端に痛むことはなかったが、足に負担のかかる走りとなってしまい、その後の走りに大きな影響を与えてしまうことになる。

ノリの悪い走りだったが5㎞は22分21秒とほぼ予定通り、周りにはどうみても無理している走りに見えるランナーがちらちら、ペースが上下動して走りづらい。「先は長いのになぜこんなにムキになっているのだろう」と、わたしにはシンジラレナイ走りなのであえて無視。

10㎞通過後、昨年同様尿意を感じ始めた。今年は昨年の再現だけは御免と、スタート前のトイレには万全を期したつもりだったが、今回は肌寒さと胃腸の不調が誤算だった。昨年と同じポイントでWC休憩、自分の中では「昨年の自分とは違う」ところを走りで示したかった。

③序盤からの誤算

しかし、展開は昨年と全く同じでWC後リズムが崩れた。10~15㎞が23分46秒、WC休憩を割り引いても23分台だ。ほどなく、顔見知りのランナーが追いついてきて「きょうは慎重なペースで抑えてますね」と話しかけられる。きょうの体調では「笑ってごまかす」しかない。このランナーはベストが9時間半のランナー、わたしからみたら「ちょっと速すぎない?」って写った。もっとも、この調子で走られたら8時間台の期待もあるが。このランナーも視界の外において自分のペースを信じることにした。

15㎞を過ぎて龍宮台を折り返し、どうも走りがだぼついている。切れ味が鈍い。前述の顔見知りランナーは次第に見えなくなっていく。そして、一度先に行かせた、5~10㎞で並走したオーバーペースランナーにまた抜かれた。WCのロスタイムのいたずらだろうが、今回はいやなときにこのランナーが現れる傾向にあったようだ。

20㎞が近づくにつれ、腹が冷えて集中力の維持が難しくなってきた。5㎞23分台が救いだったが、このままいけば昨年同様30㎞は2時間18分台だ。またトイレに行きたくなってきた。しかも「大」。。。 

22㎞すぎに公衆トイレ、そこで用を足そうと思ったが先客アリ。待っているわけにも行かないので小だけにした。25㎞ぐらいにWCがあるだろうという期待を胸に。ロードに戻ったが、腹が張って走りに集中できない。やがて25㎞、5㎞25分台とまさかのペース。「ふくらはぎもこの調子だからほんとうに完走できるの?」って限りなく不安になってきた。

26㎞ぐらいでようやくトイレ発見。ようやく用を足せた。しかし、下痢のため3分のロスタイム。WCの外からはランナーを声援する歓声が聞こえてくる。WCで腹痛にあえぎながら、「こんなところで自分は何やっているんだろう」というくやしささえこみ上げてきた。

④復活なるか。。。

WCから3分後、レースに復帰。3分でずいぶんとランナーの数が増えたものだと思う。本来ならばこんな位置で走っていることはないのにとも思ったが、復帰してからは「悪いもの」もいっしょに吐き出された感じがしてまずまずの走り。リズムもいい。

30㎞に到達。2時間25分台と「まさか」の通過タイム、でもこの5㎞はWC休憩3分を入れても27分01秒なのでまだまだ望みはあると思った。やがて、3年前に調子をつかんだ長い農道に入る。ここ2年はこのロードで崩れていたが、涼しい今年は「生きた」走りができている。3年前の再現なるか。。。と期待を抱きながら走る。

⑤給水、WCで転機

長い農道はほとんど集団走、単調なコースだったがマイペースを維持。そして33㎞すぎの給水所に到着。ここまでの給水ポイントが長かったので立ち止まってしっかり水分補給。しかしこれが裏目に。集団から離れてしまいあっという間にひとり旅。もたもた走り出しても容易に追いつけない大差になっていた。これで走りのリズムが狂う。35㎞は辛うじて24分台、もう少し出ていると思っていたのでやや消沈。気晴らしにWC休憩。リズムを取り戻すにはずいぶん時間がかかる。それでも、ここ2年の苦悶の走りよりはまだましだ。ほどなく、序盤で大きく置いていかれた不細工走りのオーバーペースランナーと赤いウエアの走友を追い抜いた。いずれも苦しそうな走りに見えた。やはり、ウルトラマラソンでは序盤調子に乗り過ぎないことが肝要と思った。あくまでも序盤はウオーミングアップ。

オホーツク国道の長い直線の先には、40㎞近くの左折ポイントが見渡せる。その手前に給水所、なぜかきょうはご飯ものを欲しない。水分やせいぜいバナナ。胃腸変調で明らかに食欲が削がれていた。そして、今回は給水後やWC後にリズムを崩すことが多い。いつもとちがう100㎞マラソンに戸惑う。そして35㎞から25分経ってもまだ近づいてこない40㎞地点、焦りも出始めた。

ようやくたどりついた40㎞は3時間17分で通過、このままのペースなら中間点は4時間10分超えだ。この大会での中間点通過は、「3時間45分→3時間56分→4時間6分」と10分単位で落ちているいやなデータがある。動きもぼてぼてして調子に乗れない。月見が浜を通る側道に入ったところで集中力が切れ、ほとんどジョギング状態に。キロ5分半をゆうに超えるペースだった。42.195㎞地点通過は3時間29分と遅すぎ、レースを投げてしまいそうなピンチ到来。

⑥持ち直しの兆し

月見が浜の側道を抜けると再びオホーツク国道。ここから中間点まではこのコースには珍しいだらだら上りがある。過去3回の大会でも苦戦しているポイントだが、不思議にも今回はここで元気になった。どうして持ち直したかはわからない。「しっかり走れ」と神さまが仕向けてくれたのかもしれない。このあたりからは、ここまで10分遅れとなっている昨年の通過タイムをターゲットにしはじめた。中間点通過は4時間14分、がっくりきそうなタイムだが、昨年からの借金が10分から8分に減ったので気をよくした。上りでも5km28分半、平らな40~45kmよりもいいタイムなので、粘り次第では8時間台の希望も残っている。ただ、左足のキックがよそよそしいのが気がかりだった。

⑦ああ、両脚けいれん

中間点を過ぎ、54km過ぎの緑館のエイドステーションへ向かう。WC休憩と上り坂でロスタイム1分だったが、その後はだいたいキロ5分半ペースで安定。スタート時の曇り空から一転、日差しがまぶしくなってきたので、のどの渇きも気になり始めた。

緑館のエイドステーションでは、内股にディクトン塗ってから足全体にサロメチール。そのあと、「秘密兵器」の自社製品のペプチド粉末をと思ったが、足のケアに時間をとられ、そこまで施す余裕もなかった。やむなく、オフィシャルエイドのアミノバイタルを代替品とし、ペプチド粉末を溶かすためのミネラルウオーターは半分飲んだ後、もったいないけど頭からかぶった。ロスタイムは3分、のんびりしすぎた。

エイドを抜けると調子いい。しばらくこのペースでいけそうと思うとうれしくなっていた。しかし、好事魔多し。突然右ふくらはぎにけいれんがきた。痛いほうの左足でなかったのがショック。追い討ちを掛けるように今度は逆足の左ももにけいれん。痛いふくらはぎの上の筋だった。暑くなってきた上、食欲不振、そして無意識のうちに患部の左ふくらはぎをかばううちに不自然な走りになったことが、中間点過ぎでのけいれんにつながったものと思う。せっかく調子をつかみかけていたのに、何度も立ち止まって屈伸したり、安全運転しているうちにリズムが崩れつつあった。とにかく、けいれんを最小限に食い止めてゴールまで走ることがこの時点でのわたしの「課題」であった。やがてこの大会の「重大な転機」となる60km地点が近づいてきた。

⑧苦悶の走り

給水所にもなっている60km地点に到着。5kmラップは28分台と何とか「最低限の仕事」はできた。暑いので梅干をごちそうになる。梅干のあとでバナナを食べると甘さが際立つという新しい発見。以後くせになりそうな発見だった。またしてもWC休憩。ここまですでに8回、あと1回で自己タイ記録だ。やっぱりきょうは体調がおかしい。でも現在の体調でできる限りのベストを尽くすのがアスリートだ。

走りはじめてまもなく、いやらしい上り坂。「こんなところに上りあったかな?」と戸惑い。追い討ち掛けるように、エイドを出てから走りのリズムが悪い。61kmで時計を見たら60km通過から「何と」8分台! そんなばかなと思いながら、キムワネップ岬へと続く道へ。日差しで水が恋しくなった。かぶり水があったのでついでに給水もと思ったが、悪いことにふたの開いたバケツの中に虫が浮いていたので断念。ふた付のバケツには氷入りの水だったので、頭からかぶって再出走。ここでもロスタイム1分。そのあとまた尿意をもよおしWC。この区間はロスタイムだらけ。だから5km35分という絶望的なタイム。この時点で8時間台をあきらめ、昨年のタイムが目標となった。

65km以降はキロ6分半が標準的なペースとなった。気持ちだけはしっかりしているが、とにかく動きが重い。大会2週間前にふくらはぎ痛くなってから思うような練習ができず、よけいな脂肪がついてしまったことを悔やんだ。「おれ、何やってるんだろう」って思いで、悔し涙が何度か出てきた。そんなときに、太い声で「がんばれー、ずいぶん待ってたぞー」という会社の先輩からの声援が飛んできてびっくり。この先輩は大会当日娘さんのサッカーの試合のため応援は微妙と思っていたが、わざわざお時間割いてわたしの走りを見にきていただいたことが非常にうれしかった。あとで聞いたら、ここで1時間半以上もお待ちになられていて、リタイアしたのでないかと心配していたところに、「悲壮感いっぱいの苦悶の姿で」通過していったとの感想でした。ずいぶん待たせてしまい申し訳なかった。そしてまた涙が出てきた。

⑨思い出の場所で。。。

やっとこさ70kmを6時間半近いタイムで通過。予定ではあと1時間早くと思っていたが、今となっては昨年の9時間25分もきわどくなってきた。

70kmを過ぎると、サロマ湖の湖畔から潮の香りが心地よく漂ってきた。そしてこのあたりは湖面のサロマンブルーが緑にまばゆく映えて、とても絵になるポイント。そして、ベストを出した3年前、家内から応援いただいた場所だ。

…あのときを振り返ると、一度家内を乗せた路線バスが通り過ぎたあと、運転手さんが気を利かせてくれて、わたしが通り過ぎるのをもう一度待っていただいた。イキなはからいと家内の声援に感謝し、「7時間台、いけるぞ!」と家内に叫んだことを思い出した。

思い出の場所で、3年前と同じようにまた元気を取り戻した。3年前、このあたりはキロ5分ジャストから4分40秒台にペースアップしてかっとんでいたが、今回は5分57秒。ペースはメロメロだが、今の自分には4分40秒台にも思える価値あるペースアップだった。

74km、鶴雅リゾートのエイドに到着。ほたて入りソーメン食べて栄養補給。前回、前々回は、ゆっくりおしるこ食べたあと出走したらぱったり足が止まった苦い経験があったので、おしるこはがまん。その甲斐あって(?)、昨年のような投げたような走りではなく、手ごたえ感じる走りを維持できていた。ペースこそキロ6分を少し超えていたが、「目」は生きていたので、苦しさ以前にリズム感が心地よかった。この大会のクライマックスのワッカ原生花園が徐々に近づいてきた。

⑩ワッカ原生花園…奪われた足の自由

スタートから7時間半経過後、ワッカ原生花園に入る。小刻みなアップダウンが続く勝負どころゆえ、気持ちを引き締めて最初の坂を上る。しかし、ももが上がらない。先ほどまでのリズム感がうそみたい。リズムを取り戻そうと回復のチャンスを待ったが、ペースがキロ6分半を超え始め、悪化の傾向。ももに喝を入れようと足上げしようとすると、患部の左ふくらはぎが痛むのであきらめる。もう八方塞がり。

85kmを過ぎると、走るというよりは走っている格好をしているだけ。ついにキロ7分を超え始めた。ちょうどそのとき、超ウルトラな走友とすれ違う。ワッカ入りが7時間半だったので、走友のベスト記録から考え、てっきりすれ違うことないままゴールと思っていたが、思わぬ遭遇にびっくり。お互いのつらさが空気で伝わってきたので、「はぁ~」ってひと息ついて、申し訳なさそうに手を上げて会釈する。走友からの「がんばりましょう」というシンプルな激励がとてもうれしかった。

折り返し目前、足場の悪い砂利道にさしかかる。砂利道を走るだけのももの力は残っていないので、折り返しまでの往復400mはロスタイム承知で歩きとおす。舗装路に入ってから再び走り始めたが、目いっぱい走ってもキロ7分がやっと。90kmは8時間48分台、残り10kmを70分でさえ走れば9時間台だ。

折り返して4kmまではキロ7分ペースを維持、しかし94km過ぎからは下り上りが続き満足に走ることが難しくなってきた。坂はももが痛いので下りも上りも歩きとおすしかなかった。ここにきて大きな誤算。95km通過は9時間27分、ここですでに昨年のゴールタイムをオーバー。そして5km38分、「もう9時間台はだめだ」と観念。気持ちが切れたのと同時に、ももの痛みの自覚症状も強くなり、満足に走れなくなった。走るフォームはとっているが、実質は競歩のような走り。これではキロ10分がやっとだ。

⑪苦悶のゴール

競歩のようなフォームでワッカ原生花園を抜ける。ゴールまであと2km、いつもならゴールできるよろこびでラスト2kmが短く感じるのに、今回はペースがペースだけにゴールがとても遠く感じた。長い、長い時間に感じた。

それでも、いくつものアクシデントを超えてここまでたどりついた「安堵感」、この程度の走りしかできなかった自分への「悔しさ」、そしてこんなやっとこさ走り続けている自分に「お帰りなさい、もう少しよ」って背中を押してくれたあたたかい「声援」が重なり合って、いろいろな想いの混ざった「涙」が。。。 空も今にも泣き出しそうな感じになってきた。もらい泣きか?

ラスト1kmというのにまたWC。きょうはこれで13回目。記録的といえば記録的だが、しまりのない走りの原因をつくってしまった。

そしてようやくゴールの常呂町スポーツセンターにさしかかる。会社のもと上司が待っていた。2時間以上待たせて大変申し訳なかった。上司の顔を見て、走る元気が戻った。いつもなら笑顔のゴールだが、今回は苦悶のゴール。10時間16分30秒、今までの100kmマラソンの中でもっとも長い1日だった。

【反省など】

走る前から勝負は決していた感じで悔しい。「もしも」ということばは使わないようにしたい。借りは次の100kmで返そう。

今回は、大会前、大会当日の苦戦はもちろん、大会後に39℃の発熱に見舞われ、何かと祟られっぱなしの大会だった。でも、「長い人生こんな試練もあるんだな。。。」とプラスに考えよう。

2007年6月28日 (木)

熱下がる

朝は37℃の微熱を押して出勤、きのう同様、無理と緊張が重なって発熱しないか心配だった。あたまはボーっとしていたが熱は大して上がらなかったみたい。帰宅後体温測ったら36℃台に下がってひと安心。やれやれ。

ただ、昨日の39℃の発熱で足の関節がやられたみたい。走るのは今週いっぱい無理みたい。

「サロマ完走記」は体調回復しだい書いていこうと思います。

2007年6月26日 (火)

発熱ピンチ

昨晩から高熱にうなされ浅い眠り。夜中には38℃にまで上昇、でもきょうの会議はわたしが主役なので休めない。朝37℃ぐらいに下がったので予定通り出勤。1日がかりの会議が終了し、やれやれと安心したら急に寒気を感じた。体感はサロマ100kmの25km付近で感じた寒気と同じだった。あのときすでに高熱の前兆だったのかもしれない。

帰宅後病院に寄って体温測ったら「39.1℃」、これには参った。解熱の注射を打ってもらって帰宅。あすは午後から責任者会議、悩ましい。あす医師と相談しよう。

それにしても、今回のサロマは大会前、大会当日、大会後とめろめろです。祟られっぱなしで悲しいっす。

2007年6月25日 (月)

本日帰還

14時ごろ、横浜に帰還しました。

きのうの走りでももがやられて歩くのに不自由しています。それに輪を掛けるように、体温測ったら37度5分、体が熱を持っているのかそれとも本当に風邪ひいてしまったのか微妙なところです。

取り急ぎ、本日は安静のためお休みなさい。。。

サロマ速報

2007/06/24


100K登録男子
10k: 45:17:2kmでふくらはぎに張りが。
20k: 1:32:28:寒気を感じ始めた。
30k: 2:25:23:「大」休憩3分
40k: 3:17:22:復調の兆し見せる。
50k: 4:14:50:42km付近は地獄。
60k: 5:16:05:両足痙攣。
70k: 6:27:31:足がとまった。
80k: 7:33:38:悪いなりにも粘りの走り。
90k: 8:49:00:ワッカを走りきる足の力はなかった。
Goal:10:16:30:ラスト5kmは歩きが。。。


苦戦は覚悟の上だったが、見てのとおり、ふくらはぎ痛の負の連鎖反応で足に負担のかかる走りとなってしまい沈没。胃腸の変調で「大」3分のロスタイムにトイレ13回、そしてエイドでの食欲不振が自滅を早めた。

初の10時間台で、100kmがこんなに長く感じたことはなかった。直前の練習でふくらはぎを痛め、3日間完全休養したり練習を抑えている過程で、体がたるんでしまったのもいけなかった。

とはいえ、この体調とアクシデントの連続に苦しみながらの完走は、情けなかったけれどこれからへとつながる走りだったと思う。早く足を治し、体を絞って復活めざしたい。

2007年6月23日 (土)

大会前日、千歳で軽く調整

昨晩24時ごろ就寝したものの、日のあけた朝4時前に起床した。さすがに北海道の夜明けは早い。

あすのスタート時刻の朝5時にあわせ、千歳のホテルから出走。千歳川サイクリングロードへと向かう。思えば、ここにくるのは恵庭の工場に監査立ち会いにきた6年前以来だ。あのときよりも3キロ重くなったけれど、緑と川のせせらぎに包まれた光景はあのころと変わりなかった。i-podシャッフルからのミュージックが心地よいリズムを作り出してくれる。本当にふくらはぎ痛に悩まされていたランナーとは思えない走りだった。気分が乗ってきたので、500mの刺激を一本。余裕残してジャスト2分、ほっとした。スピード上げて走っているときに流れてきた曲が平原綾香さんの「スタートライン」、このブログでも何度か触れているので細かい説明は省略するが、「神さまが与えてくれたスタートラインに立てるよろこび」が肌と心の奥底から湧き上がってきた。結局43分走って終了。いまの自分にできることはできたと思う。

あすは予想最高気温が16℃ぐらい、ここ3年の26℃と比べると天国。神さまからのプレゼントと感謝し、ひたすら「自分の走り」を信じてゴールを目指します。苦しくなっても、諦めるよりも信じることに賭けてみます。

これから、4時間半かけて、千歳から会場へ向かいます。たまにはゆったり時間を楽しむ列車の移動もいいものだと楽しみにしています。

2007年6月22日 (金)

ふくらはぎ日記5(会社無事脱出)

サロマ2日前、朝練では50分支障なく走れた。会社での仕事は上司の周辺が慌ただしかったが、わたしがサロマ走ることをお気遣いいただいたのか(?)、無風だった。ことばに表さなくても伝わってきた上司のご配慮に感謝しながら会社を逃げるように無事脱出。これで名実ともにサロマモードです。

20時20分羽田発の「穴」で千歳に向かいます。飛行機は穴でも、千歳で泊まるホテルは「蛇流」です。

北海道上陸した時点で「ふくらはぎ日記」はジ・エンド、気持ちをサロマのロードに向けましょう。

2007年6月21日 (木)

ふくらはぎ日記4(もうすぐサロマ)

昨晩の飲み会での二日酔いと大食いの影響が気になったが軽症。朝6時前より、昨日同様40分走る。まだ途中までは左足のキックと着地が他人行儀でどこかブレーキがかかっているみたい。先週故障した皇居2周目の走りとよく似ていた。でも、ここまで回復しただけでも奇跡に近い。月曜まで足を引きずっていたので。あきらめるにはまだ早い。スタートラインに立つからには、「男は黙って」ゴールを目指そう。

あすは業務終了後、その足で北へと旅立ちます。夜のうちに千歳へ向かって一泊。土曜は千歳から札幌まで出たあと、特急列車で3時間半かけて遠軽へ。遠軽からバスで湧別入りして大会受付。会場で今回お世話になる佐呂間の工場にいらっしゃる会社のもと上司と再会予定。その後紋別のホテルで一泊。そして大会当日。。。って予定です。

2007年6月20日 (水)

ふくらはぎ日記3(現状維持?)

朝、3日ぶりに走る。走った時間は40分で6km、患部が痛むことはなかったが、その周辺にしわよせがきているみたい。痛くもないのに神経がそちらにいってしまう。おまけに、ストライドも伸びない。先週土曜の皇居ランと同様の感覚、まあ歩くのがやっとの状態から「先週の状態」に回復したという表現がふさわしい。「現状維持」ですね。痛みで立ち止まることがなかったのが収穫か。

「現状維持」といえば、本日支給されたボーナスも同様。昨年支給額と「全くの」同額でした。事務屋はなかなか難しい。減棒でなかったのが救いでした。

業務終了後は職場のグループリーダー同士での飲み会。たっぷり栄養補給しました。

2007年6月19日 (火)

ふくらはぎ日記2(アンド腹痛)

完全休養のおかげで、ふくらはぎの状態はよくなってきた。「歩き」のレベルではほぼ回復。走り出すとどうなるだろうという、漠然とした不安はあるが、歩きの延長で走ることを意識していこう。そして下り坂注意。あすから始動の予定、ゆっくりと。

ふくらはぎに加え、きょう帰宅時に急に腹痛に襲われた。「♪2時間前までは~、何にもなかったよ~。不意にやってきた~」って、最近はやりの(?)唄を口ずさみたくなるような苦痛。横浜駅から乗車したバスでは脂汗かいてザ・ガマン。家に着くなり、ありったけのものを一気に。。。 しばらく布団で横になってました。反省すると、帰宅間際に食べたアイスが影響しているみたい。アイス食べたあと、急に胃腸がゆるくなった気がしたから。これから暑くなってくるので、冷たいものを食べるときは要注意ですね。

3日ゆっくり休んだ。あすからのサロマへの調整をアクシデントなく進めることができますよう、祈念しよう。

2007年6月18日 (月)

ふくらはぎ日記

土日に比べ、ふくらはぎの痛みは和らいできた。きのうまで不自然な歩き方をしていたので、その反動で足首に疲れを感じた。足を引いて歩いていた影響だろう。でも、きょう足を引くことはなかった。平地を歩くには問題なさそう。ただ、さすがに下りの階段ではじんじんと痛みが出ることがある。もう1日休むのが賢い選択と思う。

あすの自分のふくらはぎの状態に希望を。。。

2007年6月17日 (日)

ガマンの完全休養

昨日痛めた左ふくらはぎの療養のため、2日ないし3日完全休養することに。

晴れているときに走れないことはとてもつらいこと、でもサロマを完走するにはこれしかない。昨晩までは歩くときにも足を引きずっていたけれど、きょうは少しましになったと思う。

ガマンの完全休養。サロマまであと1週間、男は黙って結果で示そう。

2007年6月16日 (土)

サロマ最終調整…こんなはずでは

サロマ最終調整として皇居4周。朝8時に出走、大会当日の入りを意識して、キロ4分30秒台を目指す。

出だしは4分36秒、上りのある2kmは9分26秒とまずまず。しかし、3kmあたりから左ふくらはぎの張りが気になり始めた。あと3周あることを考え、少し流す。

1周目は23分21秒、ぎりぎりのライン。2周目に入ると、左ふくらはぎの張りの影響でキックが弱くなってきた。もちろんペースも上がってこない。入りの1kmが4分46秒、これでは先週の30km走のペース。後半のリカバリーに期待するも、キックが弱くてはペースも上がらない。結局この1周は23分42秒。

そして3周目。足に力が入らずストライドが狭くなってきた。ペースも100m29秒、これではいかん。1km通過しようとしたところに大勢の観光客、よけながら走っていたときにバランス崩し、そこで左ふくらはぎにぴりっときた。これ以上は走れないと判断しここでジ・エンド。情けなかった。竹橋から和田倉門まで足を引きずりながらよたよた歩く。この20分がとても長く感じた。途中で走友がさっそうとかけぬけていく。「こんなはずでは。。。」というのが正直な実感。

サロマはあと8日、jog程度ならできるかもしれないが、この状態だから2日は完全休養しよう。回復を信じて。。。

2007年6月13日 (水)

まるで13日の金曜日?

本日は朝から会議。直行の上9時半開始なのでいつもより20分余裕のはずが、昨日23時帰宅の疲れで6時すぎまで始動できず、結局プラスマイナス0。朝練習10kmのペースがまずまずだったのが救い。体重も元に戻るまであと600g。ここまでは朗報。

しかし、仕事では踏んだり蹴ったり。監査を控えているので職場全体もわたし自身もぴりぴりしている。うっかりミスが重なり上司に怒られる。きょうは13日、カレンダーでは水曜だけれど、自分にとってはまるで13日の金曜日。まるでだめお君状態でした。

あすはいそがしい。。。

2007年6月12日 (火)

やや持ち直し

昨日悩まされた左ふくらはぎ横の張りもマイルドになってきた。おかげで朝練習の10kmも尻上がりに調子を取り戻し、前半のキロ6分20秒が後半のリカバリーでジャストキロ6分に。また、体重も2kg増えていたものが1kg減った。2歩下がって1歩前進ってか。ふくらはぎも体重もやや持ち直した感じです。

朝出勤時、疲れがこたえた。疲れのあまり、通勤電車の中で舟を漕いでしまい、前方のお方に頭突きしてしまった。やばいっす。きのうあれだけ睡眠したのに。体の疲れよりも気疲れが大きいみたい。

あすから3日は仕事では正念場です。やれやれ、思い通りにはいきませんね。

2007年6月11日 (月)

3つのbad

きょうは3日のbadで調子の出ない1日。

【その1】

きのうの皇居6周ランで違和感を生じた左ふくらはぎ側面がまだ痛む。ただの疲れであることを祈るのみ。

【その2】

上記その1の影響で、朝練習の10kmを68分要した。どうも左ふくらはぎに気持ちが行ってしまう。

【その3】

た、たいじゅうが怪獣状態、もとい天文学的数字に。朝の計測時にきのうよりも2kgも重かった。はかりを見た瞬間、目がテンになった。昨晩腹9割5分ぐらいの食べっぷりだったのに。ふくらはぎ痛は体重も影響しているかもしれない。しょっく。一過性の状態であることを信じよう。

足の違和感と体重の状態は、2年前の宮古島ワイドー100kmの2週間前の状態とよく似ている。これが吉兆なのか、ただのつまづきに終わるのかは今後の精進次第と認識しております。精進や努力する姿勢は、時として運勢を「いい方向」へと導いてくれるものと信じています。幸運は単なるたなぼたではなく、「努力しよう」と本気でがんばり、「これがチャンス」と自ら気づいた人のもとにころがりこんでくるもの。まだまだあきらめず、前向きにがんばります。

2007年6月10日 (日)

サロマ調整…滑り込みセーフ?

今週は火曜から体調悪く練習もスローダウン。金曜は朝一歩も走れなかったので業務終了後皇居で3周ラン、1周23分45秒ペース、とても意味のある数字だ。これでここまでのもやもやが晴れたような感じだった。土曜は2ヶ月に1度のお客様当番の日直、なぜかわたしが当番のときに限って「休日でも担当者とすぐ連絡とってほしい」というやっかいなことが多い。せっかくの休みのときに携帯に電話するのは一歩引いてしまう。ましてや、担当が女性ならばなおさらだ。だから「当番」の日はいつもとってもブルー、朝は気分が重くて12kmゆっくり走りがやっと。でも任務終了すると気分晴れ晴れでした。

そしてきょう、サロマ調整として皇居6周ラン。大気が不安定で雷雨の危険もある中、8時半ちょっと前にスタート。金曜日の練習が生きて好調な滑り出し、目標は1周23分台ペースで2時間21~23分ぐらい。ただ入りの1kmが4分39秒、突っ込みすぎた。走りのリズムも速すぎる気がした。ペースを落とすと限りなくキロ5分に近づいた。つぶれそうな気もしたが、この程度でつぶれるようではサロマが思いやられる。

2周目以降、徐々に持ち直して動きがよくなってきた。結局1周23分台を超えることはなく、ラスト1周は22分21秒。ゴールは2時間20分18秒と滑り込み合格点。

【1周ごとのラップ】

23:50-47:30(23:40)-1:11:11(23:41)-1:34:33(23:22)-1:57:57(23:24)-2:20:18(22:21)

ちなみに昨年サロマ前は2時間20分37秒だった。ただ、よろこんでばかりもいられない。ラスト1周に入る直前あたりから、左ふくらはぎ側面が張って鈍い痛みがきそうだった。ラスト1周は気にせずに走れたが、走り終えた後張りが気になった。じっくり、確実にケアしよう。

ちょうど走り終えた直後に、突然雷鳴が轟き始めた。もう少し和田倉門公園でゆっくりくつろぎたかったのに、これではまずいと思って地下鉄大手町駅に逃げ込んだ。こちらも「滑り込みセーフ」のタイミングだった。Tシャツが汗と雨で濡れていたので、コインロッカーで荷物をピックアップしたあと水も滴る状態で改札通ってバリアフリーのWCへ。「みんなが使えるWC」と書いてあったので気兼ねなく入った。そこで着替えてそのまま大手町から武蔵小杉経由横浜へ。地下から地上に出たときに、暗い視界と土砂降りの雨とけたたましい雷鳴にびっくり。出走時間があと30分遅かったらと思うとぞっとした。

横浜に到着後、「駅スパ」で湯ったりしながら心配なふくらはぎを入念に湯舟でマッサージ。2時間休憩後自宅へ戻る。台風一過のような青空にびっくり。

サロマはあと2週間後だ。体は重いけどやむをえない。よけいな心配や不安がることなく、練習の成果を信じて「このまま」の体で走ろう。

☆追記

携帯買い換えました。先代は901i、1年8ヶ月のいのちでした。今回は904i、ワンセグもOKです。手持ち無沙汰なときにお世話になってます。ドコモのポイントとヨドバシポイントを目いっぱい使ったので出費も実質半額以下でした。メールが着信すると、「右から左へ受け流すのうた」が出るように小細工しました。普段はマナーモードなので曲は聞こえてこないけれど、メール着信時の待ち受け画面は「あのお方」が直立不動でムード歌謡を歌っている姿なので笑えます。

2007年6月 6日 (水)

金縛りラン

朝から調子悪かった。きのうがどん底と思っていたら上には上が。。。

いつもなら朝5時前後に目が覚めるのにきょうは5時半、背筋と首筋が痛くて容易に起床できない。WCがてら起床してようやく始動、走り出すといつもなら、たとえだるくても1kmぐらいで体がほぐれてくるはずなのにきょうはまったく走りが目覚めない。ストライドを伸ばそうにも背中に力が入らず常にキロ8分。大会後でもなく、二日酔い明けでもないのに、こんなに調子悪いのは年に2,3回あるかどうか。80分走の予定を60分弱の7kmで切り上げざるを得なかった。へろへろの金縛りランでした。

仕事でもその延長でぼろぼろ。締め最終日なので23時帰宅。くたくたなのでお風呂に入ってゆっくりしたいところだ。とにかく、ここ2日続いているいやな流れを断ち切りたい。

まるで100km終盤?

日曜の疲れに仕事の疲れ、ストレスが重なり、今日の朝練習も調子が出ない。出勤後いろいろな難題にぶち当たらねばならないプレッシャーもあって気持ちもいっぱいいっぱい。最近は朝5時ぐらいに早起きできているのに、走り出すのに30分以上時間がかかる。首回りが重いことも影響か? 

みなとみらいへと走るうちに、体に疲労感が雪だるまのようにたまっていく。出だしはキロ6分切っていたのにいつの間にかキロ6.5分へ。きょうもまた腹痛に見舞われた。走りがまるで100km終盤のようなきつさだった。まあ、こういった練習に耐えていくことが「生きた練習」になると信じよう。

仕事もきょうはきつかった。こちらもまるで100km終盤?

2007年6月 4日 (月)

後遺症?

朝から体調が本調子でない。きのうの40km走の後遺症か? 走っていて手ごたえが感じられない。追い討ちを掛けるように腹痛に見舞われ、家路につくのがやっとの65分jogだった。きのうの夜、iTuneのアップデートに失敗して4時間格闘していたのも影響したのかもしれない。40km走った後はもう少しおとなしくすべきだった。

出勤時、もどしそうになるような胸焼けの症状に。満員電車の中で、常に胸をさすってしのいでいた。品川駅で水分補給してから徐々に回復。とはいっても、業務中は体に力は入らないし、頭は痛いし、こんなときに限って重たい話が。。。 定時上がりにしたかったけれど、懸案事項と格闘しているうちに伝票がマウンテン状態に。全部片付けたら21時近くになって、結局もとのまま。早く帰宅できそうなチャンスを逸してしまった。

あす・あさっては経理締めのピーク、体力勝負なのでとっとと寝よう。

2007年6月 3日 (日)

皇居8周ラン・ぎりぎり合格点

本日は皇居8周の40km走、先週7周でやめた心残りがあったので巻き返しを期して出走。先週同様、暑さを感じる晴天というのも世の中うまくできている。

結果は3時間14分38秒、昨年10月の四万十前に出したコースレコードには1分半ほど及ばなかった。設定タイムは3時間15分から13分だったので、まさにぎりぎり合格点。1周ごとのラップタイムは以下のとおり。

24:44-49:05(24:21)-1:13:29(24:24)-1:37:52(24:23)-2:02:04(24:12)-2:26:21(24:17)-2:50:29(24:08)-3:14:38(24:09)

調子は明らかに先週のほうがよかった。先週は駅伝大会のアシストも多分にあったのだろう。20km通過時に3時間15分も覚悟、それでも5周目から調子をつかんで徐々に挽回。7周目が特によかった。このままいけば8周目は22分台もいけそうと思えるぐらいだったが、さすがにきょうはラスト1周がいちばんつらかった。勝手が違ったみたい。入りの1kmこそ4分46秒だったが、そのあと3kmまではキロ5分をすね毛一本分オーバー。上りの走りがよたよただった。ここはキロ4分50秒を切っておきたかっただけに痛い。1周25分近くかかりそうだったが、ラスト2kmで踏ん張って24分ひとけたまで挽回。せめてもの意地か。

きょうの走りの評価は難しいが、万全でない中粘り抜いたことは収穫と思う。このあとはせいぜい30km縛りとなるが、レースペースで落ち着いて走ることを意識していこう。

さて、6/2に走友がウルトラマラソン初挑戦。その初挑戦の場が阿蘇100km、かなりタフなコースだったようです。高低差300~400mを2回上り下りしないといけない。しかも2回目はレース終盤、上りも大変だけど、もも前側が棒になった状態で走る急坂下りも悩ましい。そんな中でも初100kmを見事に完走。拍手です。サロマを控えた自分自身にとっての励みにもなりました。次は自分の番だって。もしも阿蘇が来年5月31日開催ならば出走を検討しよう。6月の月あたまの開催ならば、経理締めの関係で無理なので、神頼みです。

2007年6月 2日 (土)

サロマのナンバー

サロマの6月がスタート。体は軽くても体重が重たい困った状況。本番までに、せめて2月の東京マラソンのときぐらいに絞りたいけれど。やるだけやってみよう。

その6月スタートの日、サロマのナンバー通知が届いた。今年は237番、昨年の238番と一番違い。申告タイム順で昨年と同じ記録で提出したので、当然と言えば当然。1番でも「出世」したことをよろこぶべきか? まあ、ナンバーカードで走るのではなく、自分の足と心で走るんですからね。過度の意識はしないようにしよう。

きょうは業務がはかどらず苦戦。あちこちからのインターセプト、もといフォローが必要な状況が重なり、24時近い帰宅でした。あすは午前中のみ出勤、朝軽く走って、午後もう一本ってほうがいいかもしれない。

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