2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

最近のコメント

無料ブログはココログ

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

2007年12月31日 (月)

「よろしく(4649)」

昨日のブログに記載どおり、辻堂まで電車で行って、箱根の8,9区のコースを北上して自宅まで24kmあまり走った。はじめはおなかがもたれてきつかったが、国道1号のバイパスに出たあたりから調子が出て、2日前のキロ6分半ペースとは比べものにならない心地よい走りに。戸塚中継所近辺は歩道がない自動車本位の道路で、車道の強行突破は困難。ランナーが走るには回り道しないといけなかったが、きょうは体力があり余っていたので気にはならなかった。

きょうの走り納めで年間走行距離は4639kmになった。あと10km走れていたら語呂よく「よろしく(4649)」だったので、惜しかった。帰ってから、「4649」にするためにもう一回10km走る元気も時間もなかったので、しぶしぶあきらめた。今年は後半体重が増えて大して距離を踏んでいないのに、あとで歴代記録を見たら、入社後歴代5位と意外な事実。自己ベストを連発していた1995年や1996年は4300km台と今年よりも少ない。あのころは距離よりもスピード重視、今から思えば勢いだけで走っていたかもしれない。むしろ、どん底から復活した2004年は4894km、そしてその復活の裏には2003年度の5413km(入社後自己最高)があったことを忘れてはいけないと思う。しっかり距離を踏み、スピード刺激や持続走も適宜織り込み、もう一度2004年度のような復活をと心に期しています。

ご参考までに、「2007年度 走評」をアップしました。(→こちら!
来年は「後悔」ばかりではなく、よろこびの声を少しでも多く「公開」していきたいです。

これから、お風呂に入って自前で調理した年越しそば2本目行きまーす!

2007年12月30日 (日)

歳末のひと時

金曜に無事に御用納め。今年は経費節減のため、恒例の納会&おつまみで乾杯のかわりに昼礼形式であっさりとしてました。午後8時近くまで仕事した後、外で食事して帰ったら24時まわってました。

土日はあと片付け、お正月の準備を縫ってロングラン。土曜は1000×2のロードインターバルをいれながら2時間プラスα走。結果は4分1秒と3分56秒、水曜夜の大下しを境に調子が落ちているけれど、本牧コースでで4分切ったのは1回だけなので、粘ったことをよしとしましょう。

そしてきょう日曜は東京駅まで東海道線で移動したあと、箱根の10区、9区のコースを逆走しながら自宅へ。1区、2区をと書かなかったのは、10区同様、日本橋・銀座をまわったことと右側通行したから。このあたりから品川までは東京マラソンでも通るので、出走前にもう一度雰囲気を確かめておきたかったのです。はじめは特に変わったこともなかったけれど、10km過ぎてからももが重くなってきたうえ、細々とした信号待ち、気まぐれな突風でいまひとつ乗り切れなかったです。34kmを信号待ち含めて3時間38分とはかかりすぎましたね。体感ではキロ6分ぐらいと思っていたのですが。。。

ぐったりしてまもなく、実家からのお正月の差し入れと、5年前からひいきにしている新潟長岡のそばやからの年越しそばがいっしょに宅急便で届いたので、再び始動開始。大掃除もついでに始めたら、午後8時を過ぎ、クリーニングをとりにいくの忘れました。仕事始めまでの1週間待ちぼうけ、もう10分早く気づけば取りにいけたのにと後悔。

あすは2007年最後の練習、昨年同様、辻堂から自宅まで走るつもりです。

☆追記☆

毎年恒例の、わたし自身にとっての「今年一年をあらわす漢字一文字」を書きそびれておりました。世の中では「偽」でしたが、このわたしはこの「太」しかありません。体が横に大きくなったこと(単に体重が増えただけ)もさることながら、「太く確固たる信念」をもって行動することの大切さ、そして「太い絆」の大切さを実感した1年でした。

2007年12月25日 (火)

やっと書けたよ、年賀状

昨晩から、クリスマス酔い、睡魔、書き疲れできしむ手の指とたたかいながら、先ほど年賀状をやっと書き上げました。(ばたっ)

年賀状ソフトに頼るのはあて先と裏面のデザインぐらい。肉筆とコメントを大切に書き記したいと思っているので、裏面のコメントはひとりひとりに思いつれづれに書きました。丸3時間かけてフィニッシュ、右手が腱鞘炎気味です。

あす朝投函して、元日着めざします。

けさはさすがにブルーな走りでした。41㎞走の疲れ、ケーキ腹、年賀状寝不足、仕事の心配が重なり、久々のブレーキでした。年賀状も書けたので、あすは持ち直したいです。

おなかいっぱい食べてもスタミナは眠さでガス欠寸前、カラータイマーが点滅しているのでそろそろおやすみします。

2007年12月24日 (月)

3連休最終日…足を伸ばして

3連休はここまで走れているようで走れていなかった。家庭の事情で致し方なかったが、きょう最終日にようやくまとまった時間が取れたので、電車で平塚まで行ってそこから自宅まで走ることにした。

快晴でこれ以上ないほどのランニング日和、国道134号に出て湘南海岸に出たら、背後に富士山のお見事な光景が背中を押してくれた。欲を言えば、富士山に向かって走りたかったし、この絶景をカメラに納めたかったが、それはまたの機会ということで。。。

浜須賀交差点は箱根だったら左折するところをそのまま江ノ島に向かって直進。ただ箱根のコースをトレースするだけではつまらなく感じたので、江ノ島経由で帰ることにした。いつもながら、湘南海岸は心地よく走れる、スランプのときに走るといいなとさえ感じた。江ノ島でちょうど15km、そのあとシーサイドコースを左に折れ、大船方面に向かう。

シーサイドラインを後にしてからは、悪路とアップダウンの連続。かなり足を使った。おまけに初めてのところなので、距離感がわからない。自宅までトータル33kmぐらいかなと思っていたが、大船で2時間半近く、戸塚で3時間ちょっとだったので、思いのほか走っていたようだ。

戸塚駅を抜けて箱根のコースに出たところが残り9kmちょっと、さすがに足の動きがぎこちなくなってきた。何度も足がもつれ気味でこけそうになった。ストライドも狭まっていた。勝手知ったるコースでも、いまひとつの走り。結局自宅着はスタート4時間10分後でした。あとで走行距離を調べたら41km、「おつり」をもらったような練習でした。

一服後は、世間並みにクリスマスイブに向けての買出しに出かける。定番の高野のケーキ、小さめのサイズのワイン、あと「とり」を調達してささやかにメリークリスマス。ワインがまわって何度もミスタイプしてます。年賀状、書かなくても大丈夫? 酔いがさめたら書きましょう。

2007年12月22日 (土)

かたちになってきたかな?

昨晩皇居ラン後24時すぎの帰宅、午前中にびよういん(病院)に行く用事があるので9時前に走り終えなければならないのでちときつかった。

7時すぎからいつものみなとみらい&山下コースを100分、途中で1000×2のロードインターバル。1本めはリズムのわりに記録が伸びず3'46、昨晩21時出走の疲れで体が目覚めていなかったかもしれない。1000mのjogを挟んでの2本めは1本めよりきつく感じたのに記録は3'39、お目覚めでした。

3'40切れたし、走りのリズムもよくなってきたので、かたちになってきたかな?って感触です。あとは体重、怪獣並みだった1か月前から2kg落ちたけど、まだまだ。やっと、後半が前半になったくらいなので。せめてあと2kgです。


今夜は、家内のご家族とひと足はやいクリスマス祝です。そのまま実家にお泊まりです。飲み過ぎ注意。

2007年12月21日 (金)

朝夜逆転

昨日の夜ラン後心配したとおり、やっぱり朝練習さぼり倒した。こうなってしまったら夜走ろう。。。ということで、出勤時に「商売道具」も同伴。すなわち、久々の皇居ラン。

これまた昨日同様、定時後に2時間半会社でフリーズ。半蔵門から出走は21時、2周ランが精いっぱいでした。1周めは無理せず25分15秒、2周めは後ろから勢いよく抜かれたランナーに無理せずつくうちにアツくなりキロ4分13秒。桜田門でいなくなってから調子狂って中だるみ。途中でおなかが張って集中力散漫になって気がつけばキロ5ペース。1周23分超えてしまった。

連日の朝サボリ夜ラン、体内時計は朝昼逆転。地球の裏側にいるみたいと、朝おとこ談。

2007年12月20日 (木)

朝サボり、夜走る

きのうノー残業デーで休養十分のはずが、朝まったく走る気になれなかった。夜お風呂に入らず就寝したことで、疲れが残ったと思う。目覚めたときは「たまには息抜きしよう」と布団の中だったけれど、いざ会社に行くころになると後悔いっぱい。だから夜帰宅後走ることにした。しかし、帰ろうと思ったときに仕事が入って2時間足止め。結局21時半に帰宅後、走りました。今から思えば、よく集中できていたなと思ってます。「朝サボったから、夜走る」、これあたり前のことなんだけど、あたり前にできていなかった自分がここにいたということを反省しました。

みなとみらいの夜景を楽しみながら走るために、i-podを聴きながらのrun。みなとみらいの観覧車と赤レンガ倉庫の夜景には、5296の「蕾」がよく似合ってました。心にしみるメロディが夜のイルミネーションに溶けて何ともいえない気分。朝runでは味わったことのない世界でした。

11km走って60分以内、朝練習では考えられない、いいペースでした。これであす朝練習できればばっちりなのですが。。。

2007年12月18日 (火)

めがねにかなわぬ1日。。。

今年の走り同様、きょうはどこかぎこちなく、歯車のかみ合わない1日。朝早く起床しても、走り出すまでに1時間要し、結局きのうと進歩なし。

朝出勤時、最寄り駅でプラットホームへと上るエレベータにあわてて飛び乗った。ここまではよかった。自分が飛び乗ったところでちょうど定員いっぱいいっぱい、さあ出発と思っていたところにOLが無理やり乗り込んできた。乗った瞬間、定員オーバーのブザーがブーブー。ひんしゅく買ったOLが降りたあともブーブー。そしたら、「さんぺーです」によく似ている男性(なつかしいですね)がわたしをにらんで「降りてもらいますか」と連呼。「ふざけるな」って血管切れてぶちきれ寸前だったけれど、大人の対応。しぶしぶ一度乗れたエレベータから降りて、工事中のため大回りせざるを得ないホームへと続くながーい階段をてくてく上ることにした。おれだって「迷惑」被ったのに。ばか女、けしからん。そしてもちろん「さんぺーです」もけしからん。ここは「降りてもらえますか」ではなく、「一瞬だけ出ていただけますか」でしょう。少しは気を遣いなさい。

ちなみにホームで、「さんぺーです」に出会うことはなかった。もし会っていたら、冷静でいられなかったと思う。出会わなかっただけでも「よし」と思わないと。

会社では、社内監査で悪戦苦闘、何度かやばい場面を迎えて綱渡り。疲れたから早く帰りたいと思っていたら、伝票の山に埋もれてしまった。結局午後9時すぎに帰宅。帰り道、右耳裏の「めがね擦れ」が気になる。耳たぶの付け根にすり傷ができている。仕事用のめがねが最近あわないようだ。2年前、尼崎で買ってからほとんど違和感はなかったのに、ここ2ヶ月ぐらい前から気になり始めた。こう思いたくはないけれど、「顔がでかくなったのか(ーー;)」

・・・というわけで、きょうは「めがねにかなわぬ1日」。おあとがよろしいようで。

☆追記

第3回の東京マラソンの開催が今年度より1カ月遅い2009年3月22日に決まったそうです。(→関連記事)

「荒川」とバッテイングしそうですね。荒川の日程変更はあるのだろうかとか、「青梅」を当初開催どおり2月第3日曜日に戻すのか、別の関心もありますが。3月だったらぽかぽか陽気か春の嵐の可能性もあって、コンディショニングは難しそうですね。それにしても、記事にある「交通規制を担う警視庁の事情など」って、何でしょうね。不可解な日程変更です。

2007年12月17日 (月)

ロスタイムだらけの1日でした。。。

一週間の始まる月曜、朝からロスタイムだらけの1日でした。

朝はせっかく4時半に目覚めていたのに、背中が痛くて容易に起床できない。1時間ぐらいして起き上がって走り出す準備をしたら急に「自然」に呼び止められた。結局走り始めたときには6時を少しオーバー、1時間ちょっとしか走れなかった。走り始めはどことなくぎこちなかったけれど、パシフィコ横浜に差し掛かったあたりから調子が出てきてほぼキロ6分。きょうの調子だったら、30分あれば5km上乗せできる。そう考えるともったいなかった。

みなとみらいを走っていたら、箱根を目指している神大のランナーたちと何度かすれちがった。息遣いと視線から、大会が間近に迫ってきた研ぎ澄まされた緊張感が伝わってきた。心の中でエールを送った。

ロスタイムと言えばきょうの帰り道。品川駅、横浜駅ともに接続が悪くて待ちぼうけ。品川で8分は10分に1本の東海道線なので許容範囲としても、横浜駅では接続がよろしいはずの京急で、「ウイング号通過→快特→ようやく各停」(戸部は各停オンリー)と10分も待たされ、20分のロス。損した気分です。くじけずに(?)、がんばろう。

☆訂正なのだ。。。

金曜のブログに添付した「青島」の写真、中間点付近として添付した写真を間違えちゃいました。(添付ファイルの単なる選択ミスといいたいところですが、もうろうとして勘違いしてしまいました。あほー(^_^;))
当初中間点付近として添付した写真は、よれよれ40kmよりあとに通過したスタートゲートの直下、いわゆる「使用後」よりもひどい走りのはずだったのに。。。
「笑顔」にだまされた。(何ちゃって!)
インテンショナル・ちょんぼじゃないですよ。

これが「正真正銘」、中間点付近の写真です。(ぽりぽり)

2007aoshimac

2007年12月16日 (日)

骨休め日曜日

きのう土曜出勤、お客様対応当番でクレームが7件と久々の「大当たり」、さすがにぐったりでした。終わってから横浜駅地下で2週間に1度のマッサージ、さすがに先週フルマラソン走っただけあって、足が相当張っていて、しかもくるぶしあたりがむくんでいたとのこと。ずいぶん「イタ気持ちよく」刺激いただきました。走ったのは朝の10kmだけ、前日サボっているのでエネルギーもてあまし気味でした。

きょうはさすがにぐったり。きのうの仕事疲れだけでなく、青島の後遺症もあると思います。「あんなへぼタイムで後遺症」とお叱り受けそうですが、病み上がりで練習の蓄えも枯渇した状態で行けるところまで行こうと走ったので、ここにきて後遺症が出ているのではと思います。

10時ごろまで横になっていた後、2時間ちょっとjog。みなとみらい経由山下公園→根岸→八幡橋→阪東橋→自宅のコース、やたらと重たい走りでした。後遺症の影響でしょう。鏡に映る自分の姿を見るとハリボテみたいで疲れがどっと増し、「忘れよう、気にしない(いまは)」と言い聞かせながらの走りでした。

帰宅後は実業団女子駅伝見ながらうたたね。目覚めてから、わたくしの2007年度のベスト記録と来年の大会出場予定をとりまとめしました。

2007年度は、輝いていた(?)前半は、フルマラソンやハーフで「まずまず」と思える結果でしたが、サロマ2週間前の肉離れからがらっと変わりましたね。歯車がどこかかみ合わないもどかしいシーズンになってしまいました。北海道マラソンはよくがんばった部類に入りますが、そのあとがまったくの落第でした。来年はこんな後悔をしないよう、練習と摂生を!

ちなみに。。。

 ・2007年をはじめとした年度別最高記録は→こちら!

 ・2008年度の大会出場予定は→こちら!

2007年12月14日 (金)

青島の写真

きょうは疲れに負けて完全休養。忙しかった上、あすプレッシャーのかかるお客様当番なのでなまけ虫が出てしまった。反省。

帰宅は23時すぎ、家に着いたら先日の(思い出したくないけれど)青島の写真の公開通知が届いていた。そのサイトからパクッた写真です。

※折り返し前(使用前?…まだ元気あり)と40kmすぎ(使用後?…ほとんど宇宙遊泳)

2007aoshimaa2

2007aoshima3

ワースト更新した大会だけど、こうして走っている姿を見ると、たとえぼろぼろでも汗と呼吸とそのときの思いが伝わってきて、走っていてよかったと思えます。

あすからまたがんばろう。そして少しでも多く、生き生きとした「証し」を残せるようにしよう。

2007年12月13日 (木)

久々の雨run

朝から雨、記憶では横浜マラソン前日以来だから1ヶ月ぶりかと思う。あのとき冷たい雨に凍え、信号待ちのたびにぶるぶる震えて風邪がぶりかえしたいやな記憶がよみがえる。きょうは幸い、あのときほど本降りではなかった。頭を濡らして風邪に逆戻りしないよう、帽子をかぶって走る。みなとみらい、山下公園で見かけたランナーはさすがに2人、この寒々とした雨の降る夜明け前の薄暗闇だから、ランナーも足が遠のいたのかもしれない。

きのう同様、キロ6ペースで気持ちよく11km。久々の雨runという不安材料を跳ね返す走りだった。疲れが取れてきたら、もう少し距離を伸ばしたい。

夜は横浜駅地下街でなつかしの「chibakiや」を発見。10年前葛西に住んでいたとき、ここのシナそばにたいへんお世話になった。味わい深い透明スープにちぢれ細めん、10年ぶりの再会にうれしくなって、ふだんはスープを平らげないわたしが珍しく「完食」してしまった。ラーメンご法度の減量中の掟破りのため、しっぺがえしが非常に心配。でもきょうだけは許してほしい。

2007年12月12日 (水)

爆睡のち復調

昨晩は青島での悔しさを引きずり、お風呂にも入らずに就寝。気分が晴れなかったのは、大会で後半まったく走りにならない大崩れしたことではなく、病と故障で万全の状態に仕上げることなくスタートラインに立たざるを得なかった自分自身のふがいなさのためです。この大会は4回走ったうち3回も大会2週間前に高熱にやられていることと、今年の「サロマ」の2週間前にやってしまった悔しい肉離れを今回も繰り返してしまったことに、何か歯車がうまくかみあわないもどかしさと進歩のない自分を悔やんでいました。

「ひと晩寝て、きのうまでのこと、泣きたいほどの悔しい気持ちは忘れよう」という感じでの爆睡ののち、朝目覚めたら、きのうまでの重たい走りと重たい気持ちは夢とともに流れ雲のごとくどこかへ飛んでいったような、心地よい走りが戻ってきました。「やっぱりこうでなくちゃ!」って、走るよろこびを取り戻しました。きのうの後半4kmキロ10分ペースが一転、きょうはキロ6分で11kmでした。よかった、よかった。。。

2007年12月11日 (火)

復活走…というにはお粗末ですが

朝、青島後2日ぶりに走りました。昨年は大会翌日に10km走っていましたが、今回は二日酔いで寝倒してしまったため、当初考えていた大淀川サイクリングロードでのリハビリランは果たせませんでした。

1日遅れの復活走でしたが、ももが重いうえ、自己ワースト出してしまって沈んだ心、山盛り状態が想像できる業務のことがちらついていたため、心のムチを入れないとストライドが狭まってしまってました。たった8kmを70分、行きが30分で帰りが40分だったので、後半のほうが沈んだ走りになっておりました。jogにも満たないのろのろ走り、復活走というにはお粗末な走りでした。

でも、新たな一歩を踏み出せたことを前進と考えています。あすにはまた違う走りができると期待しております。

2007年12月10日 (月)

走り終えて

お昼に宮崎から戻りました。

昨晩は長崎の走友の仲間たちとのアフターに混ぜていただき、たっぷりと食べて飲んできました。青島で自己ワースト出したので、ベストを出したランナーたちのよろこびの声を聞くのは、うれしくもあり、割り切れない悔しさもありましたが、長崎ベイサイドマラソンのときにも混ぜてもらったので、あのときと同様、大いに楽しんできました。途中から焼酎ロックに切り替えたので、朝起きたときはさすがに二日酔いで食欲減退気味でしたが、心配された朝の飛行機の時間にはばっちり間に合いました。

きのうの走り、失敗の原因はよくわかっています。わかっていてもなかなか改善につながらないのが自分自身の甘さというか弱さですが、昨年の大会でも同様の失敗をしながら立て直し、2ヵ月後の東京マラソンでの復活につなげた成功体験を思い浮かべながら、精一杯練習しよう。体力不足と持続走の不足が致命的だったので、その辺を踏まえていきます。

余談ですが、今回泊まったホテルのすぐそばにあって、過去2回お世話になったホテルがあろうことか、取り壊されていました。これにはさすがにショックでした。昨夏、宮崎プチ合宿したときにおいしい郷土料理と温泉を堪能でき、お気に入りの宿でした。あとでインターネットで調べたら、昨年11月に閉館したとのことでした。今ではその跡地にマンションが建築中、4年前の青島のあとと昨年のプチ合宿での思い出が思い出だけの世界になってしまったので、非常に残念でした。

2007年12月 9日 (日)

青島太平洋マラソン…嗚呼ワースト記録

こんな感じでした。

痛恨の自己ワースト。。。

  SPLIT LAP 寸評
5km 0:21:07 0:21:07 まずまずの出足、もう少し貯金ほしかった。
10km 0:42:16 0:21:09 距離表示に惑わされながらもイーブンペース。
15km 1:03:28 0:21:12 ここまでは生きた走り。
20km 1:25:35 0:22:07 16㎞過ぎからセカンドウインド。サブスリーペースの
貯金使い果たす。
25km 1:50:04 0:24:29 折り返してから足の進みが急激に悪くなった。
30km 2:16:50 0:26:46 意地を見せたかったがキロ5分オーバー開始。
35km 2:43:29 0:26:39 34㎞までの上りでももを使いすぎた。
40km 3:11:17 0:27:48 37㎞以降は左もも前面と右もも裏の痙攣で失速。
GOAL 3:23:23 0:12:06 ラスト5㎞の崩れで不名誉な自己ワースト。
前半 1:30:53    
後半 1:52:30    
0:21:37    

きのうの練習での好走から、だめもとで行けるところまでサブスリーペースで行こうと心に決めてスタートラインへ。ただ、大渋滞で定刻どおりの受付ができないランナーが続出したため、スタートが30分遅れた。そのアナウンスがあったのがスタート10分前、混乱して忙しかったとは思うが、せめて30分前にランナーの皆さんにアナウンスすべきだったと思う。

それはそれとして、「ほんとうに強い選手はこういうアクシデントもプラスに考え、結果を出す」と自分に言い聞かせ、再び体を作り直す。そして9時半にスタート、走りのリズムがいい。うまく走ればサブスリーも期待と、東京マラソンのときの走りを思い浮かべながら走り続ける。

このペースは15kmまで続いた。欲を言えば、15kmを62分台で通過しておきたかった。15km時点でのキロ4分15秒ペースの貯金はたったの17秒、16kmからセカンドウインドに入ったときに、余裕の少なさから対処できなかった。
20kmすぎの折り返しまでは、だましだましキロ4分20秒で粘れていた。しかし、折り返すや否や、急激に脚の動きが悪くなり、この段階でキロ5分近いペースに暴落。苦戦は覚悟していたが、ここまで落ち込むとは思わなかった。体は楽でも足が進まない。このコースの苦手意識がそうさせているのか、根本的な練習不足によるものか。そんな状態が30kmすぎまで続いた。

33kmからの上りは珍しく生き返ったので、ピッチを上げて走る。しかし、だらだら上りで足を使いすぎた。左もも前面が異様に張り始めた。無理をすると痙攣と思い、ひと呼吸おく。
35kmは2時間43分台、ここまで落ちたら、せめて3時間20分は切っておきたいとキロ5分切りペース目指してピッチを上げる。37kmまでは順調だった。しかしそのあと右足人差し指が着地するだけでも痛くなったのでまたひと呼吸。これでリズムが崩れた。そのあとは左もも前面、右ふくらはぎが幾度となく痙攣を起こし始めた。10秒あまり停止して屈伸し、何とか自分の体をゴールまで運ぼうとそれだけ。泣きたくなるほどつらかったけれど、途中でボランティアの女子高生たちが「元気いかがですか」って手を出していたので、迷わず元気をいただきに行きました。とてもありがたかった。つらかった表情がその瞬間だけ、ほほえみが戻った。

結局ラスト5kmは29分近くも要したので、昨年の指宿で出した不滅の(?)ワースト記録を1分上回ってしまった。後半は自分なりに粘っているつもりでも、「3時間10分→今年の北海道マラソンの16分→せめて20分切り→ワーストだけは免れたい」ととめどない下方修正の連続、キロ5分は越えてはいけない線ですね。

きょうの天候は快晴でまさにマラソン日和、「ベストを出してください」と神様からお導きが出ているような感じでしたが、肝心の自分は逆に不名誉な自己ワースト記録。へんとうせん炎と肉離れのあと、まともに練習できるようになったのがつい1週間前。自分には今日の天気がジャストミートしませんでした。ハーフまでは合格点でしたが、そのあとは体調の割りに突っ込みすぎた反動と十分にできていなかった体調が悲鳴を上げて採点のしようがない走りになってしまい、悔しいです。救いは2ヶ月前よりも2kg減ということ、しっかり練習して、東京マラソンで結果を出したいと思います。

2007年12月 8日 (土)

宮崎上陸

受付すませました。
あす、ここにどのような走りで戻ってこれるのか、楽しみでもあり、漠とした不安もあります。
練習不足で、潜在能力といえる力もありませんが、体に眠っている力があれば、それを少しでも発揮できればと思います。
宮崎駅方面に向かうバスの中で奇遇にもma256さんと一年ぶりの再会。バスがひじょーに(非常に&非情に)混んでいたので2列隔てた座席間ながらメールでコミュニケーション。以心伝心、引力に導かれたような再会でした。

青島前の最終調整

青島太平洋マラソン前日、朝練習で大会前恒例の1000m刺激を一本。アップ時から軽かったので期待を胸に出走。入りは控えめながら150mをすぎたあたりからピッチを上げる。上りの前半は1分48秒、下りは頑張りながらも少しだけ余裕を残すように駆け下りる。残り150mぐらいでちょうど3分、久々の3分30秒台を確信。ラストは思ったほど伸びず3分37秒でのゴール。もうちょっと頑張れば東京マラソン前に出した3分34秒のコースベストいけたかなという惜しさはあるけれど、北海道マラソン前の3分40秒よりもよいので、ここまで回復したことを励みにしよう。何と言っても、しつこいせきから解放されただけでも天国のような体調です。右もも裏は無理するとやばいと思ったけれど、許容範囲と思うことにします。

これから宮崎へ出発します。

2007年12月 7日 (金)

フライングですが。。。

最近、仕事の疲れで起床が6時、遅すぎる。深夜タクシーで帰宅した火曜以降、体内時計が時差ぼけした感じ。走りのリズムは悪くはないし、せきの発作ともおさらばできたので、時差ぼけなんてそんなの関係ねぇって感じ。気持ちも盛り上がってきました。あすの1000mのスピード刺激がとても楽しみです。弾みをつけたい。

仕事は午前中いっぱい月次締めあとのフォローでいっぱいいっぱいだったけれど、午後になったら一気に落ち着いた。久々にマイペースで仕事できた。

今年から、いわゆる「棒茄子」の明細が紙での当日手渡しではなく、支給日1営業日前の午後よりWEBで閲覧&プリントアウト可能になりました。わがふところに入る前にわかるのでフライングですが、これで紙で渡す「支給式」のセレモニーがなくなりました。働きの対価をいただく「重み」という点ではさびしい気もしますが、「個」を尊重する意味では現代らしいともいえます。売上よくても原価高騰の影響をもろに受けて収益面で久々ぶりの苦戦を強いられている業績を勘案し、管理職は何パーセントかカットも覚悟しておりましたが。。。 明細見たら、数万円アップ! 前年並みでもOKと思っていただけに、出来すぎです。欲を言えばきりがないけれど、あともう数万円げたを履いたら最初の桁の数字がカウントアップするところでしたが、そこはしっかり「会社」に見られてますね。もっと働け~って。
とりあえずはごっつあんです。(←まだ何ももらっていないのに(爆))

さあ、ぐっすり寝よう。

へい、タクシー

経理月次締めで大苦戦。同僚が脳の出血で入院したためマンパワーが足りない。経理の業務は専門性があるので誰でもできるというわけでないし、簿記や仕訳がわかるから実務がまわるというわけでもない。理論と運用の両輪がかみあうことが大切と思う。

そんなわけで、2日前は会社を24時半すぎに脱出。当然電車は終わっているのでタクシーのお世話に。その2日前に運賃が値上げされたばかりなのに遠距離で乗らざるを得ない何とも間が悪いタイミング。やっぱり初乗り710円は抵抗ありますね。メーターの進み具合も心なしか早い気がした。ただ救いだったのは深夜割り増しが3割増しから2割増しになったことか。品川から横浜の自宅まで高速代込みで11500円、以前より500円ほど高いけれど、初乗り運賃とメーターの進み具合からすると、思ったほど割高でなかった。2割増に抑えられたことが効いたみたい。

その日は25時半に自宅に到着、さすがにグロッキーだったのか、翌朝は一歩も走れなかった。きょうその埋め合わせとして15km走るつもりだったが、業爆を引きずって10kmがやっと。神様が「大会直前は走りすぎるな」とブレーキをかけてくれたんだろうと思うことにしよう。

きょうで月次経理締めはフィニッシュ。帰宅は23時半でくたくたですが、あと1日しっかり働いたら、宮崎と棒茄子が待っている。。。

2007年12月 3日 (月)

1mでも長く。。。

朝走り出すと、爆弾抱えるもも裏にきのうのスピード刺激の疲れあり。せきの発作も落ち着きつつあるが、まだ完全ではない。おまけに、みなとみらいへと向かう往路は信号待ちにずいぶん足止めされて乗り切れない。苦難続きではあったが、徐々にリズムを取り戻し、終わってみれば11kmを66分。まだまだ希望は捨ててはいけない。

きのうの福岡国際、佐藤君の「指輪にキス」の晴れやかなガッツポーズもさわやかでしたが(…わたしの新婚時の「秋田100km」のゴールを思い出し、アツくなりました!)、おなじ「あつし」の藤田君の両足けいれんは「わが身」のことに映りました。練習量がぜんぜんちがうので比較の対象にすること自体おこがましいけれど、右もも裏に爆弾抱え、しかもへんとうせんの炎症で実質10日ほど満足な練習ができなかったので、わたし自身にもけいれんのリスクはじゅうぶん覚悟しないといけません。

あのゴールシーンを目にして、心配や不安のほうが大きいけれど、今は「1mでも長く」、伸び伸びと、爽快に走れたらいいなと考えています。その延長線上にゴールが見えてくると思って。

2007年12月 2日 (日)

1週間前の刺激走

青島太平洋まで1週間、最後の詰めとして6000mの刺激走を多摩川河川敷まで出かけて走ってきました。

呼吸系と右もも裏の爆弾と相談しながらの走り、だいたいキロ4分16秒ペース。サブスリーにわずかに及ばない微妙なペースで流していましたが、折り返し手前の1kmは悪路とマラソン大会の観客渋滞も影響して守りに入り、キロ4分半と暴落。折り返しは13分6秒と誤算。そのあとも渋滞をかき分けながら走るもまたキロ4分半。このままだめかなと落胆モードになりかけたが、渋滞を抜けてからギアチェンジ。4分16秒→4分12秒と盛り返し、ゴールは26分5秒。あと5秒何とかしたかったが、この体調でラスト2kmの意地を見せたので、これを励みとしよう。

久しぶりのかつてのホームコースの多摩川河川敷は懐かしかったです。住み慣れた街に帰ってきたような感じで走っていました。六郷土手下の野球場は、きのう(土曜)の日テレ系の夜9時ドラマのクライマックスシーンで出ていましたね。映像を見て、「あっ、ここだ」ってすぐわかりました。河川敷を眺めながら、ロードワークを終えた充実感とともに、コブクロの新曲が自分の中で流れていました。

大会まであと1週間、「もうあと1週間ほしい」というのが正直な気持ちですが、いま与えられた環境の中で最大限のベストを尽くすのがアスリート。とにかく「リラックス」と「希望」がキーワードとなる来週の走りです。

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »