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2008年3月31日 (月)

乗れなかった3月

3月もきょうで終わり。気管支炎あけからスタートし、ぶっつけ本番の立川ハーフ、仕事の修羅場をはさんで多摩湖駅伝、そのあとアルコール3連発とロングjogをはさんでまた修羅場と、何かとトラブル続きで乗れなかった1ヶ月でした。


そんなわけで月間走行距離はたった370km、残り一週間で400km届きそうだったのに、多忙からくる疲れとストレスに心が折れてしまい、練習内容も失速してしまいました。4月は今月にも増して忙しい一月ですが、オンとオフのメリハリをはっきりさせ、しっかり練習積みたいと思います。

2008年3月30日 (日)

富山プチ帰省

土曜と日曜、富山にプチ帰省していました。お正月帰らなかったので時期を遅らせてのものですが、日頃心配掛けているので、せめて元気なすがたを見せるだけでも親孝行かと。母はあさってで78、わたしと兄はその翌日にそろって44、もうこんな年齢なのかと時の流れの早さを実感。


実家ではおいしいお寿司となつかしい家庭料理を満腹になるまでごちそうになりました。やっぱり、家庭の味がほっとした感じでおいしいと感じます。


朝練は初めいろんな疲れが重なり重たい空気でスタートしたけれど、晴天の立山連峰を背景に走るうちに元気を取り戻しました。途中、道の脇に伸びていたつくしがとても懐かしく思えました。実際見たのは10数年ぶりのような感じです。気分が乗ってきたので25km走りました。行きは上りで帰りは下りということもあり、帰りのほうが6分早かったです。


1910富山発の飛行機で自宅に戻ります。あてにしていた富山名物ます寿司が空港売店で完売のため、おあずけをくらいました。


あすから仕事、難題目白押しです。

2008年3月28日 (金)

ピンチ脱出!

月曜からどつぼにはまった1週間、きのうから走り始めたものの2日のブランクでこれまでの自分とはすっかり別人。「心で走る」ということばの重さをひしひしと実感した。

そんな中、仕事で「追い詰められた」とも思えていた苦境で、ふとひらめいたヒントをつなぎにつないで生まれたアイデアが絶妙の解決策を導き出してくれた。上司・事業所長からも快く受け入れていただいた。ふとひらめいたヒントは、机の上で生まれたのではなく、朝走っているときに思いついたひらめきだ。「芸は自分の身を助ける」を地でいっている。つくづく、ランナーでよかったと思う。ランナーでなければ、この解決策は思いつかなかったとさえ感じている。

きのう、弊社の会長から御前会議で、

・PINCHをCHANCEに
・CHANGEをCHANCEに

とご訓示をいただいた。

本日のピンチ脱出を語るにふさわしいご訓示だった。

2008年3月25日 (火)

今週いまだ0

月曜から「一歩も」走れていない。月曜は雨に気持ちが折れ、きょうは仕事で抱えたピンチに心まで折れた。

明日こそ走らないと、せっかくの復調気運が消えてしまう。気持ちを今こそ奮い起こそう。

とはいえ、明日は御前会議。困難は続きます。

2008年3月23日 (日)

飲みすぎ3日間

飲み会が3日続いてすっかりアルコール漬けになってしまいました。

・20日…多摩湖駅伝打ち上げ
     (弊社工場近くの焼肉屋で17名!)
・21日…旧職場メンバーとの飲み会
     (有楽町のスーパードライ)
・22日…家内の家族とのお食事会
     (新宿のいつものイタリアン料理)

「これでもか」と思えるぐらい食べまくったので体重が心配ですが、いまのところかろうじて現状維持です。いつの間にか「蓄積」ということのないようにしよう。

土日はとても天気がよく、走るにはうってつけでしたので、i-pod聴きながらのjogで気分転換をはかりました。本日は久しぶりに金沢シーサイドラインにまで足を伸ばしました。30kmちょっとの道中でしたが、あと10kmぐらい走れそうな調子でした。アルコール漬けにしてはまずまずか。ただし、途中でお尻の血管が擦れて例の病気が再発。しばらく忘れかけていたのに。もうすぐセ・リーグが開幕だから自分の体で「Gファン」を表現してしまったみたい?

月曜からはいろいろ宿題控えています。頭痛いっす。。。

2008年3月20日 (木)

多摩湖駅伝、気持ちは絶好調も

5.95kmを23分38秒、よもやのブレーキでした。入りの500mが1分47秒で「いける!」と思ったのに、1000m通過は3分55秒。これでどんなにもがいても修復不能なブレーキに。体は楽でもスピードが出ないので焦る。下りでもキロ4分弱がやっと。18位でたすきを受けて5人に抜かれてしまう。走り終えても出てくるのは後悔ばかり。

きのうの練習、出だしは良くても後半伸びず。きょうの走りそのまんま。そして昨日足の甲がずいぶんむくんでいた。そして雨。悪いことがいろいろと重なった。

2008年3月19日 (水)

あすは雨・嵐ですか?

朝は大会前日の調整として、山下公園内で約1000mの刺激を一本。「約」とは、正確な距離がわからないので、jog時のペースから距離を判断してのこと。前半は調子よく、折り返し点は何と1分40秒。少し短かったなと思い、後半は10m余計走ることに。苦しい感じはしなかったけれど、スタート地点通過時に時計を見るともう3分30秒オーバー。後半1分50秒超かかったことになる。距離がわからぬ不安で走りにブレーキがかかったようだ。ゴールは3分39秒、タイム的には不満だが、悪くはないと思う。

あすは天気予報では大荒れとのこと。晴れ男の力をもってしても。雨だけならばいいけれど、風も強まりそうだ。タフな大会となりそうですが皆条件は同じ、弱気にならずベストを尽くそう。

2008年3月18日 (火)

気持ち、鎮まる

きのうの飲み会は後味の悪い酔い方だったのでほとんど2日酔いはなかったけれど、割り切れない気持ちがあったのでなかなか走る気になれなかった。それでも、6時すぎてから「軽く走ってみるか」とjogった50分でいくぶん気持ちは晴れた。大会2日前だったのでちょうどいい調整だったと思う。

会社についてから上司に、サラリーマンらしく昨日のお礼。「遅くまでありがとう」と返され、その後WCでも立ち話。コミュニケーションしていくうちに、気持ちが鎮まってきた。また、前向きな気持ちが戻った。ここ最近帰宅が遅かったのできょうは久しぶりに定時退社。大会に備えます。

ちなみに、20日の多摩湖駅伝は4区、すなわちアンカーです。4区間すべて5.95kmの駅伝で昨年はぎりぎり22分台でトップから陥落して11人抜かれ。その前の年の24分台は転勤のごたごたがあって論外として、だいたいは22分55~58秒が指定席ですが、4年前は22分4秒。この記録にどこまで近づいていけるだろうか。

2008年3月17日 (月)

冷静になれない

走りのほうはきのうの疲れはあったにせよ、66分で11km強とまずまず。ここまではよかった。

仕事では午前中から不毛のどたばたにいろいろ巻き込まれただけでなく、定時後場所を変えて実施した打ち合わせで「頭から水をかけられたような」ことを言われ、心中穏やかでありません。その一言のあと、一気に飲みが止まりました。標題のごとく、冷静になれないのが現状です。

評価してくれとかそんな次元ではなく、裏でいろいろやっている過程を無視して、見えている事象だけで判断されたことがこの上なくくやしいことです。そんな上司にはなりたくない。もー、とっても後味悪いお酒でした。

2008年3月16日 (日)

思わぬ不調

土日は久々に20km超のjogプラススピード刺激。土曜はアップから調子よさそうだったので、3000m走では立川ハーフの通過タイムの11分33秒ぐらいもいけると思ったのですが。。。
1000mの通過が3分58秒、これで頭がパニックに。次の500mは2分5秒、力みとあせりが疲れにのしかかる。後半の1500mは6分54秒も要してしまった。これにはさすがにへこんだ。走りがまるで東京マラソンや立川マラソンの残り5kmと同じような走りだったから。帰り道、しばらく左もも裏が張って「まじに帰れるかな?」と心配になったが何とかたどり着く。あすの練習もこんな不調だったらまずいと思いつつ、夕方からは家内の家族を交えて吉祥寺で焼肉パーティ。「これでもか」って思えるぐらい栄養補給しました。

1日あけて日曜は軽い二日酔いで正午ごろまでごろごろ。走友たちはぽかぽか陽気の「荒川マラソン」走っているのにとちょっとだけ罪悪感。12時半ごろ走り出すと、やっぱりきのうの不調を引きずったような走り。途中でお腹も痛くなってコンビニで用を足す。それから10分後、きのうのリベンジとばかりに3000mをスタート。でも、やっぱり調子悪い。1000m4分7秒通過を確認した時点で休止。1000mjogでつないで1000m再チャレンジすることにした。インターバルjogのあと、不思議にも息を吹き返し、3分43秒と本牧コースレコードを14秒更新。これで自信回復。思わぬ不調で途中ずいぶん寄り道したけれど、これで多摩湖駅伝に向けて光が見えた感じです。

あと3日、10kmjogでつないで多摩湖駅伝に備えます。

☆追記

東京マラソンの記録証が届きました。
総合で919位、ラスト7kmで200人ぐらい抜かれた計算になります。

来年は3月22日開催、もちろん申し込みますが「運次第」です。フルマラソンは今年の11、12月のいずれかで1本走り、そのあとは東京マラソンの当落次第で流動的です。自分の中ではいろいろ選択肢はありますが、東京当選ならば3月東京、アウトならば1月末の勝田か3月中旬の荒川、もしくは日比野賞豊橋(関門覚悟!)を考えています。

2008年3月14日 (金)

頭の中も「白い日」

昨日は業爆で25時半帰宅、さすがにまいった。朝はよれよれ状態で起床、あわや出走ぶっちとなるところだったが、「50分でもいいから」と気持ちを振り絞って走る。走りはいいリズムだったように思えるが、とにかく疲れと眠さで頭の中も「白」。「3月14日」にあわせたつもりではないだろうが。。。

仕事のほうは懸案がさくさく片付いたばかりでなく、昨晩「ない知恵」絞って作成した財務分析レポートが思いのほか事業所長の評判がよろしくてにっこり。「報われた」って感じがしてうれしかった。

土日はさぼり気味の体に喝をいれよう。20日は多摩湖駅伝が控えている。昨年の自分とチームを上回るためにも、打ち上げで仲間たちとおいしいお酒と焼肉を楽しむためにも。

2008年3月12日 (水)

ノー残業デー

本日は週1回のノー残業デー、ここ2日23時帰宅が続いていた体には非常にありがたかった。何せ、お昼食べたあと、どっと疲れが出て落ちそうになったから。(こらこらgawk

ノー残業デー時には定時になったあと「見回り隊」兼「消灯係」の役割、3人いるメンバーのうちのひとりです。仕事中なのに「早く帰れ」という役回りなので、何となく気が引ける。かれこれ毎週半年以上続いてきたけれど、自分たちが来ると「帰ろう」という意識が根付いてきているようです。何ごとにも、オンとオフの「めりはり」が大切に思える。

きょうは疲れた体をいたわろう。

でも、楽して気を緩めすぎたら体重がやばい。きのうの朝、暴飲暴食していないのにひと晩で2kg増えていたのにはびっくりだった。ちなみにけさは昨日と比べて600gのみ減少。この増量はももにたまっている乳酸の仕業。。。だったらいいなと希望的観測。筋肉痛が消えたら乳酸もろとも体重もどっかへ飛んでいってしまえと願ってます。

2008年3月11日 (火)

はまったあとの救いの手

朝から何もかもがはまっていた。朝練寝坊、信号足止めばかり、体重1日で2kg増(象?)、秋田100kmの宿手配空振り、仕事は難題続きで修羅場。。。と目もあてられない1日。

21時すぎ、パソコンの処理待ち時にふと携帯をあけると、メールマークあり。開封したらウルトラな走友からのありがたい心づかいのメール。これで「秋田の宿」の問題は解決です。窮地に陥りかけたときに差し出していただいた「救いの手」にはもう感謝感激です。このご恩は「秋田の走り」で示したいです。

きょうもまた23時帰宅です。

2008年3月10日 (月)

Akitaキター!

帰宅後ポストを見たとき、標題の通りの気持ちになった。
お待ちかねの「秋田100㎞」の大会案内が到着したのです!
(ちなみにゴール地点の鷹巣町は市町村合併で「北秋田市」に生まれ変わりました。今回の標題のごとく???)

2年間の開催休止を経て、また「わたしのウルトラマラソンの原点」のスタートラインに立つチャンスが巡ってきたことをすなおにうれしく思います。

例年通り「誕生日」の4月2日に申し込みます。プログラムに記載する60文字のコメントを、これからじっくり考えよう。そして、宿の手配も早速やらねば。。。
(といっても、本日の帰宅は23時、あすもあさってもこんな感じなので土日にならないと無理っぽいか。。。)

☆追記

毎回お世話になっている角館プラザホテルに翌日朝電話したら、すでに満室だって。がーん! 帰宅後に対策考えます。

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別件ですが、「RUNNET」できのうの立川ハーフの記録がアップされていた。
わたしは総合(学生込み)で799位、年代別ではジャスト70位。アスリートには「たら・れば」はご法度だけど、14㎞通過までの予想タイム(1時間25分ぐらい)での順位を調べたら総合で720位、年代別で45位。逆算すると全体で79人、年代別で25人も抜かれたことになる。ずいぶん見事にぬかれたものだ。振り返ると、昭和記念公園入り口で、千葉マリンでの稲毛海浜公園でのブレーキを思い出したことと走る前の持久力の不安が重なり、上りでの変化への対応がうまくいかず、いっぱいいっぱいになってしまったように思える。今年走った大会は、千葉マリン、東京マラソン、そして今回と、いずれも「後半の上り」で崩れている。上半身の鍛錬を怠っていることも一因と思う。思いあたるふしがあれば、すぐに解決策に向けて走り出さないと。。。

2008年3月 9日 (日)

立川ハーフ速報

1時間27分58秒、14kmまではキロ4分のばっちりの走りでしたが、昭和記念公園入口の上りでリズムを崩してからがくっと失速。踏ん張りのきかない走りでした。

※ラップタイム

19.36-40.02(20.26)-1.00.54(20.52)-1.22.52(21.58)-1.27.58(5.06)

20kmからゴールまで5分超えとは我ながらびっくりのよれよれぶりです。病み上がりの影響と思いますが、何とかやれそうという収穫を得たのは事実、気持ちは晴れ晴れです。

2008年3月 8日 (土)

あしたに向けて

あしたの立川ハーフに向けて、大会前日の刺激走。1ヶ月前にもなってしまったが、東京マラソン前日同様、皇居で調整。1周ビルドアップ気味に走ったあと、祝田橋交差点からスタート。500mあたりできつくなりそうだったけれど、そのあと粘り、終わってみれば3分36秒でのフィニッシュ。前半・後半ともに1分48秒、思いのほかの粘りだった。東京マラソン前は渋滞はあったけれど3分39秒、病から復活後はjogのリズムがよかったので、悪くはないだろうと思っていたけれど、東京前のタイムまで上回るとは思っても見なかった。持久力だけが心配だけれど、マイナスに考えてもきりがないのであすは自信を持って走りたい。せめて東京マラソンの中間点通過タイムの1時間25分30秒ぐらいではいきたい。

皇居で、仙台ハーフとかでよくごいっしょしている走友と奇遇にも1年ぶりの再会。2,3分の並走会話だったけれど、きょうの走りに加え、奇遇な再会は「ハッピー・サタデー」と呼ぶにふさわしい出来事だった。

そしてあすはわたしの走りもさることながら、Qちゃんの「名古屋」がある。ここ2回のオリンピック選考会では、名古屋での優勝者が代表になっている。そういえば、シドニー選考会時の名古屋のとき、仙台ハーフを終えて青葉城公園でラジオを聞きながらQちゃんの応援をしていた日からもう8年も経ったのか。また、4年前の名古屋は、土佐さんの執念の力走を京都シティハーフを終えたあと、銀閣寺から京都駅へ向かうバスの中でラジオを聞いていた。2回とも、つい最近のことのように思えるのだけれど、オリンピックも2回終えて3回目を迎えようとしているのだ。

3年前の東京国際女子マラソンで復活の優勝時、「止まっていた時間を動かしたかった」というQちゃんのことばに、わたし自身大きな感銘を受けました。あすは、Qちゃんの中の「止まっていた時間」がもう一度動き始めてほしいな。。。と願っています。

2008年3月 5日 (水)

疲れが出たので。。。

昨晩仕事で無理したつけがきた。朝から全身疲労感、走るどころではない。帰宅してから走ろうとも考えていたが、その意志も帰りの横須賀線車中まで。病み上がりの体は休養を欲しているみたい。

そんなわけで、きょうは21時過ぎには就寝します。あす朝しっかり走ります。

2008年3月 4日 (火)

病み上がりなのに

経理締め、特命事項、トラブルもろもろが重なり、23時オーバーまで勤務。病み上がりなのにだいじょうぶ? 無理は禁物だけど、気持ちで負けていてはいけないと思っている。

走りのほうは、相変わらず上半身と下半身が別人のごとし。ももは相変わらず跳ね返ってくる手応えが物足りない。救いは時々「いい感じ?」と思える状態が出始めたことか。

体重は病の間に63kgから64kg前半に落ちた。でもよろこんでばかりはいられない。筋肉が落ちているかもしれない。トレーニングが軌道に乗り出すとリバウンド間違いなし。気をつけよう。

病み上がり 見た目の減量 ご用心

2008年3月 3日 (月)

ももに力を!

昨晩ぐっすり寝たつもりだったけれど、朝は疲れが残っていた。大会を走らなかったとはいえ、病み上がりでの静岡遠征は予想以上のダメージがあったものと思う。

走り始めは朝6時を少しオーバー、この時間からの出走では1時間走が限界。救いは復帰3日めながら、走りのリズムがいいこと。つい4日前まで病と闘っていた人間とは思えないぐらい。朝練習で10.4kmを58分で走るのは自分自身の中では珍しいことである。しかし、よろこんでばかりもいられない。走っていて、走りのリズムはいいのに、ももから伝わってくる手ごたえがいまひとつの感。マラソンの疲れは9日間の休足で取れているはずなのに、病気で体力を消耗し、筋肉も落ちたことが影響していると思う。立川では後半こたえそうかな、この調子では。走りながら、「ももに力を!」と願っていた。

気管の調子はだいたいOK状態になりつつあるが、昨晩親と電話で話していたときにせきでむせてしまい、余計な心配をかけてしまった。確かにきょうも、忘れたころに思い出したようにせきが出た。慎重に行きましょう。

2008年3月 2日 (日)

走らなかったけれど静岡

走らなかったけれど静岡
3月に入ってから走りを復活、土曜は一時間ちょい走りました。ペースの落ち込みや呼吸困難はなかったけれど、股関節あたりがゴリゴリしました。

きょうは静岡駿府の日、欠場は決めていたけれど、年に一度しかお会いできない弊社関係会社の走友や恩師との再会がしたかったので、朝一時間走った後、朝7時45分新横浜発の新幹線で静岡入り。いつもの駿府公園家康公像前で皆さんと合流、わたしが走らないことを相当珍しく感じられたようです。残念がられたけれど、「やめる勇気も大切だよ」との恩師のことばには大きくうなずきました。会場にいったら走りたくなるだろうから、ジャージを持たずに普段着&革靴でいきましたが、会場についたときには「よっぽど出店でランパン&ランシャツを現地調達して走ろうか?」という気持ちも出たけれど、心を鬼にしてチップを受付に返却しました。

そのあとは写真の駿府公園入口で仲間の応援、ここはラスト2kmあたり、このあとここからゴールへと続く公園周回道路の直線を見て、勝負どころで最後の踏ん張りを見せようと気持ちを振り絞る自分の姿を思い起こし、その場にいることのできない自分を悔しく思いました。

皆さんとの語らいでは、走ることのできないわたしをいつもと変わりなく暖かく迎え入れていただき、はるばる静岡まで足を運んでよかったと実感しました。

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