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2009年3月31日 (火)

やっとこさ乗った400km

昨晩26時帰宅に加え、朝6時半から期末棚卸監査で甲府まで出張のスケジュール。けさ走れる確率5割、いつもどおり10km走れる確率は2割ぐらいと自己予想。きのうまでの月間走行距離は390km、10km走れないと月間400kmに届かない。10km走るには朝5時出走が絶対条件。おまけに、きょうは決算監査なので遅刻厳禁、就寝は26時半、たいへんなプレッシャーでした。

朝は奇跡的に4時45分ごろ目覚めました。そのあとの起床のアクションがとてもつらかったけれど、ここまできたら執念。5時10分ちょいより走り始め、1時間ジャストで10km練習。走行距離もジャスト400km、小数点以下の端数なしです。

われながら粘り腰に感心。。。

監査は要領よく進行し、お昼は山梨名物「ほうとう」を味わうことができました。具だくさん、ほっくほく、野菜の甘みのきいたスープ、とても満足でした。ここに至るまでにいろいろ苦難があったので、そのごほうびをいただいたような感じでした。

甲府の監査終了後、午後は車で立川の事業所でダブルヘッダー。疲れたけれど、要領よく進み定時に終了。帰りの電車の1時間半は爆睡でした。ここ最近睡眠足りないので、今夜はたっぷり睡眠とります。

2009年3月29日 (日)

いよいよ決算

ごぶさたです。
決算突入、部内人事異動に伴う諸対応で帰宅24時はあたりまえ、金曜は26時まで会社でした。タクシーなければ自宅まで30km走って帰ろうとまでは考えなかったけれど、かばんの中にジャージやシューズを用意しておいたほうがいいのかもしれない。

それでも、この一週間は前半の体力的な貯金がものを言って、普段と同じレベルの練習量でした。さすがに金曜土曜は睡眠3時間未満なのでスローダウンでした。

週末は富山に帰省。雪を心配していたけれど運良く晴れ模様。早朝ラン時にはなつかしい立山連峰の稜線、仕事で疲れ、余裕のなかった自分の気持ちをリセットさせてくれました。

月曜からの一週間は正念場ですが、がんばります。。

2009年3月22日 (日)

あったようでなかった3連休

同僚の急逝という予想もしなかった事態。3連休はその対応を最優先し、多摩湖駅伝、富山帰省などの予定を全てキャンセル。金曜日こそゆっくりできましたが、土日は埼玉の大宮よりも電車で20分の街で通夜、告別式、最期のお別れに列席。スケジュール的なつらさ、自分の中でまだ受け入れづらい現実に直面したつらさもありましたが、自らの任務をまっとうし、無事に次の世界へと送り出すことができたことで内心ほっとしています。

走りのほうは当然ながら空き時間。
金曜は疲労回復を待って午後出走、日産スタジアムまで往復JOG。回廊1周950mを3分43秒、中間すぎてスピードに乗せようとしたときに、左もも裏が攣りそうになった。荒川では右もも裏だから逆足だ。あのときは右足攣ってこらえたときにもうちょっとで左も攣りそうだったので潜伏していたようだ。まだ後遺症残っているみたい。もしも当日多摩湖駅伝約6km走っていたらやばかったかも。完全に荒川の再現でしたね。

土曜は午後から御通夜に出かける前に本牧コースで27kmjog+1000m×2本。前日の練習でのももの違和感が気がかりだったけれど、向かい風の中、3分52秒と46秒と無難な復調振り。1本目はややアップアップしていたけれど、2本目は300mすぎてから前向きな走りができた。走りながら、次走の5月4日の春日部大凧ハーフまで待てないのでもう一本という気持ちになってきた。エントリーしたい大会の締切日が25日、それまでに結論出そう。

そしてきょう。昨晩22時半帰宅の上、告別式午前8時スタートなので、練習時間を捻出するには朝4時ちょいから走るしかない。疲れていたので起床できるかどうかがポイントだったけれど、「吉」と出た。山下公園をまで走ること1時間あまり、移動の疲れと気まぐれな風の影響で、ここ2ヶ月で最低の調子だった。

6時ちょいすぎ、横浜から東京へと向かう列車に乗車したら、あのマラソンの会場へと向かうランナーたちでにぎわっていた。3年続けてこの場所を走ることができたらという思いをこらえ、スタートへと向かうランナーたちの背中をそっと押してあげたくなった。会社の先輩もご出場されていたので結果が気になっていたけれど、葬儀中なので携帯はNG。外はずいぶん風が強そう。後半影響しなければいいなと心配。昼食後にようやく携帯で結果をチェックしたらサブ3にはちょっと届かなかったみたい。金・土と重要な会議が続き、このきびしい気象条件にあいながらも、よく粘ったと拍手です。

それにしても、ランナーにとっては気の毒な天候でしたね。先週の荒川とチェンジしてあげたかった。

2009年3月18日 (水)

全部お流れ

三連休は多摩湖駅伝、家内実家でのおつきあい、そして富山帰省という予定でした。
しかし、社内での思いがけないご不幸が発生し、連休中はその対応を精一杯つとめることになり、これらの予定は「すべて」お流れとなりました。家内の実家、駅伝誘っていただいた工場の幹事さん、そして富山の実家に申し訳ないと頭を下げ続けました。

悲しさとともに、何かつっかえぼうを外された感じ、いろいろ戸惑っています。

2009年3月17日 (火)

走り終えた翌日は。。。

きのうの筋肉痛と気管が心配だったが、しっかりキロ6分以内で走れた。
しっかり、何事もなく走れただけに募る、きのうの荒川マラソンでのくやしさ。

きのうの走りについて、直前・走行中・ゴール直前のさまざまなアクシデントを乗り越えて完走したことを讃えるありがたいご配慮あるメッセージを数々いただき、感謝申し上げます。でも、大会当日、きっちり仕上げることのできなかったことはアスリートとしては大いに反省すべきところです。そして、今回のもも裏のアクシデントを再発させないための「失敗の研究」も進めないといけない。愛媛マラソン後1ヶ月のインターバル、直前1週間前の立川ハーフ、大会2週間前の発熱、10kmすぎからの力みと右足指の衝撃など、数えればきりがない。

会社では、きのうの疲れがあるので早く帰りたかったけれど、部課内での人の問題への対応、予算案の立案に時間を割かれ、品川駅到着は24時すぎでした。横浜駅からは京急終わっていたので「T」、運ちゃんが要領得ない人だったので機嫌悪し。

もう25時半、寝ないと。。。

2009年3月15日 (日)

荒川マラソン…痛恨!

【荒川マラソン結果】

マラソン登録の部 男
05k: 20:23
10k: 41:01(20:38)
15k: 1:02:12(21:11)
20k: 1:23:55(21:43)
25k: 1:46:49(22:54)
30k: 2:11:13(24:24)
35k: 2:35:22(24:09)
40k: 3:02:30(27:08)
Goal: 3:20:36(18:06)
時刻:12:20:36

5年ぶりのサブスリー達成に向けてスタートラインに立ちましたが、力及ばず撃沈。金曜夜からの気管の変調、レース途中で右のシューズの親指あたりが破れるアクシデント発生。これは完全に不注意です。10kmあたりからペースダウンしたのでがまんの走りでしたが、折り返し後向かい風になってからピッチが著しくダウン。29kmから昨年12月の防府マラソンを思い出してキロ4.40台にまで戻したまではよかったのですが。。。

36kmで荒川堤防を上ったときに致命的なペースダウン。5kmラップも27分を超えた。それでも残り2kmから持ち直して3時間13分ぐらいでのフィニッシュを予想。しかし、ゴールまであと500mのところで突然右足が攣ってしまった。歩くどころか動くことすらできなかった5分あまり。動かそうとするとまた攣ってしまう。長い長い5分間のフリーズでした。ラスト2kmで18分、ももの痛み以上に痛恨の思いでした。

直前まで絶好調にも思えただけに、最後の最後での調整ミスとラスト500mでの5分間のフリーズは悔やんでも悔やみきれない。走り終えた後、アフターに行く気もまったく起きなかったので、マッサージを受けたあと即会場をあとにした。20日の多摩湖駅伝のあとは、決算をはさんでサロマの練習だ。

2009年3月14日 (土)

前日受付

時折突風交じりの雨。予報では嵐にならないと言っていた早朝に走るけれど、パシフィコ横浜と国際橋との間では突風で自由が利かず。とても大会前日恒例の1000m刺激は無理だった。
代替策として、100km前日同様、100mの流しを5本。それでも、向かい風で思うようにスピードに乗れなかった。それと、きのうあたりから気管にたんがからんでのどがいがらっぽい。まあ、きょうは走れただけでもよしとすべきか。

そういえば、2月14日もきょう3月14日同様、春の嵐だったと天気予報で触れていました。「お返し」は男女の間だけにしてほしいと思いつつ、おてんとさまには逆らえません。

今日が荒川マラソンでなくてよかった。まだまだ運は残っていると思います。

午後から移動して荒川マラソンの前日受付。ほんの少し雨が残っていたのは仕方ないとして、河川敷はところどころ畦道状態。あす朝までに乾くのは至難の業でしょう。あすは泥リンピック覚悟ですね。

夜は池袋泊です。あす朝早いし、混雑も予想されるので、8年前同様に。あまり池袋に行かない人なので、ずいぶん変わった感がしました。気に入っていたイタメシやがどこにあったか忘れてしまいました。

あすはいよいよこれまで得てきた自信を胸に全力を出し切る舞台へと立ちます。5年前からずっと置きっぱなしの「忘れ物」を取り戻しに行きます。

2009年3月11日 (水)

備えあれば。。。サロマの宿

ここ1週間の寝不足で起床時間は常に6時オーバー。これでは10kmも走れない。幸いなのはこれから荒川に向けての調整に入ること。もう走行距離は1日ひと桁に落として大会当日フレッシュな状態に仕上げることが大切、疲れをためないようにしたい。

きょう、「サロマ」でここ数年お世話になっているもと上司から、「今回もしかしたらお泊めすることは微妙かもしれない。確率は五分五分」とのメールをいただいた。昨年大会出場時からある程度覚悟していたことが現実になりそうな可能性が出てきた。こんな状況ならば、大会前日27日(土)の宿を押さえておかねばならない。大会オフィシャルツアーはばか高いので、どうしてもという場合以外には使わないようにしたい。まずはこれまでずっとお世話になった紋別のホテル、いつもメールでやり取りしていた方がいつの間にか社長にご出世していたけれど、電話でお願いしたらすでに満室。そのあと、宿泊施設の予約サイトをいくつかあたったけどいずれも不発。その次は、紋別、湧別の観光協会のHPをあたったけどまた不発。これでだめなら泣く泣くオフィシャルツアーにしようと、遠軽の観光協会のHPへ。最初のホテルは電話したときにブツッと切られていやな予感がしたらその通りの結果。残りのホテルは素泊まりタイプだったけど、いちばんよさそうなところに電話したら、予想外の「OK」の返事! 電話口で「マラソンですか?」って聞かれたので、他にも同類項がいらっしゃるようです。奇跡的でした。素泊まり4千円、大浴場つきです。ありがとう、遠軽!

それにしても、サロマの宿手配はいつも難儀しますね。もしかしたらもと上司のご都合がよくなってお世話いただける可能性を残されていても、それは当てにできないので「備えあれば憂いなし」です。28日(日)はもと上司より心当たりをあたっていただけるようですが、交渉が不調だったら、別の方法も考えます。こちらはそれほどハードル高くないはずです。

2009年3月10日 (火)

難関・脱出かな?

ハーフ走った翌日から会社ではいきなり難問続出でフル回転。そのため24時近くに帰宅後疲労が抜けず、朝6時20分にようやく出走。走れた距離は予定のスリークオーターでした。フル・ハーフ・スリークオーターと分数と縁があるこの2日でした。

会社では、いろいろと波乱にぶつかりながらも、5つ抱えた懸案事項のうち3つがきょう一気に片付きました。今月も13日は金曜日、その13日に提出期限の設定された難問がいろいろあって13日を無事に越せるか心配してましたが、これで難関・脱出かな?

朝は弱いけど、まだまだ走力には余裕があるので、「これからこれから」という感じ。気持ちを早いうちに荒川マラソンに向けることができそうです。

☆おまけ

立川ハーフの写真です。気持ちだけ絞れたかな?
おニューのウエアのおかげかも。

Hp

2009年3月 9日 (月)

ハプニング・鍵がない。。。

昨日立川ハーフのあと、家内と吉祥寺で合流して「マンマ・ミーア」の映画鑑賞してからご家族と慰労会。マンマ・ミーアは懐かしいナンバーとサプライズなストーリーの展開に身震い。立川ハーフのあと、シシカバブーという串焼き1本だけですました空腹を忘れてしまいました。

慰労会ではおいしいにっぽんしゅをお水のごとくごちそうになりました。何週か前にここのお店にきたとき、浴びるように飲んでも悪酔いしなかったので、今回もその調子で。確か「レン」というおいしいお酒でした。

ほろよい気分で家路へ。自宅前でズボンのポケットに手を伸ばすと、入れたはずの部屋の鍵がない。ショルダーポーチをさがしてもない。心当たりとして、コートの内ポケット、ジャージズボン、ウインドブレーカーをさがしたけれどいずれも空振り。もう自宅前まで来ているのに鍵がないので入れない。誰か来るのを待って中に入っても、自室を空けることができない。これはまいった。このまま見つからなかったら、あす午前中会社をお休みして管理会社に鍵再作成をお願いしないといけない。最悪を覚悟しながらも、寝床確保のため、自宅前でタクシーつかまえて横浜駅西口のホテルまで。予約とっていなかったけれど、「会員特権」で何とかなるだろうという楽観さ。タクシー運ちゃんもあきれてました。無事ホテルを確保できてかばんの中をがさ入れ。すると、がさ入れ10分後にかばんの底の辺りにへばりついていました。よかった。。。 
立川ハーフを走り終え、ホテルに戻ってズボンをかばんから取り出すときに、何かの拍子でこぼれ落ちたんでしょう。着替え類を重装備に用意していたのでかばんがいつになく重かったことも影響したみたい。

大捜索(?)で酔いが一気にさめたけど、安心してホテルで就寝。翌朝4時すぎに目覚め、身支度をしてからチェックアウト。少し歩いてからタクシー捕まえて自宅へ帰還。少し休んでからいつものコースへと出走。11㎞走りましたが、筋肉痛と二日酔いはほどほどでした。回復力もひところに比べるとずいぶんよくなった気がします。

会社から早く帰ろうと思ったけど、いろんな対応事項が重なって「定時(?)」の22時帰宅でした。毎日こんな感じじゃあ、大丈夫かなって感じもしますが、だらけずに、一生懸命を尽くせば、いつかきっとごほうびが来るものと信じてがんばります。

2009年3月 8日 (日)

立川ハーフ速報

立川ハーフマラソン、1時間26分33秒でした。

【5kmごとラップ】
19.53-40.18(20.25)-1.00.44(20.26)-1.21.47(21.03)-1.26.33(4.46)

疲れで体が重かったので控えめにスタート。5kmまでは昨年のほう(19.44)が出来がよかったけれど、設定通り20分を切れたのでほっとした。7kmすぎからきつくなってペースダウンしたが、10kmから持ち直した。そのあと13kmまでキロ4分を切るペースで快調、1時間24分もいけそうだった。

13kmから鬼門の昭和記念公園、上りをがまんして17kmまでは5km20分半ペース。設定ペースの1時間25分は確実に思えたが、ラスト4kmからの小刻みなアップダウンに失速。しまりがなかったと反省です。

それでも、荒川への弾みになりました。「サブ3」を5年ぶりに取り戻しにいきます!

2009年3月 7日 (土)

微妙な仕上がりでした

朝はさすがにここ3日深夜帰宅の疲れが出て背筋痛。ゆっくり休んで7時半に出走して大会前日恒例の1000m刺激を一本。疲れ気味なので後半ばててしまわぬよう、余裕を残して走っていたけれど、予想を超えるいいペース。上りの前半500mは1分45秒、愛媛マラソン前に出した3分32秒はもちろん、まじで3分20秒台もいけると思った。しかし、折り返し後風向きが変わり、伸びが鈍ってきた。下りの後半はよもやの1分53秒、トータルでは3分38秒と微妙な走りでした。後半の向かい風だけでなく、病み上がりで時々気管にたんがからむ体調のせいもあるけれど、調子は悪くないと思う。自信を持って大会に臨んでいこう。

夜は立川に前泊。背中があまりに張って頭痛まで始まったので、マッサージを入れました。そろそろ寝よう。

2009年3月 6日 (金)

3日も続くと。。。

連日の深夜帰宅でへろへろながら、きのう同様いいペース。シューズが奇跡を運んでくれているみたい。

しかし3日もこんな勤務が続くともう限界。いいところで水入り。とても大会前の体調には思えない。

2009年3月 5日 (木)

貴重な晴天でしたが。。。

睡眠時間はナポレオン。出走不能のリスクを乗り越え、貴重な晴天のもと出走。
いつもなら8kmちょいしか走れない51分で9km走れた。奇跡的、ニューレースシューズのおかげかも?

2日連続午前様です。恨みつらみが飛び交う営業会議に巻き込まれ、本業につけたのが21時、気が滅入りました。あすは経理本締めなので3連発必至です。そしてお天気も金曜から3連敗か?立川ハーフは重装備覚悟したほうが無難かもしれない。

唯一の幸運は朝通勤時に自分が乗車していた東海道線がぎりぎり難を免れたことです。あと一本あとだったら40分遅刻でした。

朝っぱらから。。。

ただいま日付は変わり東海道線最終列車のひと。厳密にいえばきのうの話題を。

朝は心配された降雪もなく、10km走れた。途中、朝っぱらから地下鉄高島町駅と思われる建物から煙立ち込める火災騒ぎ。消防車のサイレン、煙のにおいはきな臭かった。

朝調子狂ったら会社でもそのまま。もうすぐ24時の鐘なのに、わたしはまだ品川駅へと歩く途中。病人あがりにはきびしい。

2009年3月 2日 (月)

マスクマン

朝練習、せきの後遺症で横隔膜あたりが張っている感触。山下公園を10km。前半はまずまずのペースだったけれど、折り返してからたんがからみだしきつくなった。信号待ちでむせてしまった。治るまでのウミの苦しみですかね。産みの苦しみ、生みの苦しみ、膿の苦しみ?

出勤時からマスク着用。乾いた空気を吸い込むと痛めたのどに悪いし、治りがけゆえ会社で風邪をまきちらしてもいけないので1日じゅうマスクマンに徹した。月に一度の全体朝礼時にも、事業所長、部門長のところに足を運ぶときにも、ずっと。。。 1日じゅうガマンでした。

あすからまたお天気悪いみたい。雪が降るようです。立川ハーフの日も雨? 風邪ひきさんには酷な天候ですね。

2009年3月 1日 (日)

ショック療法

11時すぎより休日出勤、せきでむせながら仕事を進める。会社ではずっとマスクマン、事務所では3人出勤していたが、会話すること自体苦痛なのでお地蔵さんのごとく無口に。自分の声はせきをしたときだけ。

15時すぎ、経理伝票チェック後に目黒まで人間宅急便。このあたりから復調の兆し、伝票を手渡ししたあとマスクをつけたままアートスポーツ日比谷へ向かう。到着後着替えてマスクを外して皇居へと走り出した。1周目はウオーミングアップとしてそのあと6kmペース走、上りのある前半は12分26秒、下りの後半は12分11秒でトータル24分37秒でした。

【1kmごとラップ】
4.00-8.16(4.16)-12.26(4.10)-16.31(4.05)-20.35(4.04)-24.37(4.02)

タイムを稼ごうと思っていた後半でいっぱいいっぱいになって思いのほか伸びなかった。それでも、走る2時間前までせきが出て息苦しく虫の息だったのに奇跡的なリカバリー、走り終えたらせき中枢はずいぶん落ち着いた。まさに、ショック療法!

でも、あす会社では皆さんに移してはいけないのでもう1日マスクマンします。通勤時のマスクマンはインフルエンザが落ち着く3月に卒業しようと思っていたのに、自爆してしまいました。もう1週間延長です。

秋田の宿、ゲット!

懸案だった秋田100㎞前日の宿、取れました。ちょうど1ヶ月前に宿に空室照会のメール送って2週間塩漬けにされたお詫びとして、ホテルの方から「お心遣い」いただきました。しかも「禁煙」シングルで!

「敗者復活戦」というか「キャンセル待ち」のような感じで、深夜からずっとインターネットでチェックしていました。苦労が報われました。

今回もまた「定宿」に泊まれるよろこび、ホテルの方のお心遣いに感謝申し上げます。

きょうはまだ走っていません。咳にうなされたので。これから練習用グッズ持参で出勤、調子戻ったら帰り道にどこかで走ります。

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