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2009年12月31日 (木)

2009年総括

大晦日になったので、2009年総括を。。。

【1月】

走行距離 432.8km
出場大会 千葉マリン(ハーフ)1時間27分37秒

前年末の防府で痛めた右アキレス腱の状態と相談しながら、徐々に回復。3連休には箱根5区6区往復走(46km+5km)を5時間以内で走れ、自信につながった。千葉マリンは粘りのレースながら終盤失速。

【2月】

走行距離 376.8km
出場大会 神奈川マラソン(ハーフ)1時間29分39秒、愛媛マラソン(フル)3時間06分43秒

調子よく仕上がったはずだった神奈川マラソンは、強風と序盤の右もも軽い肉離れで90分切りがやっと。それでも、1週間後の愛媛マラソンでは神奈川マラソンでの後半の頑張りを体で覚えていて、久々の納得できる走りができた。

【3月】

走行距離 400.0km
出場大会 立川・昭島ハーフ1時間26分33秒、荒川市民マラソン(フル)3時間20分36秒

愛媛マラソンでの好感触が立川ハーフでも生きた。その勢いで翌週の荒川に臨むはずだったが、風・風邪とシューズトラブルの前に負けてしまい、ラスト500mでは両もも裏が攣って5分間フリーズ。バチがあたったみたいだった。

【4月】

走行距離 363.3km
出場大会 なし

荒川の疲れと決算業務による多忙を考えて大会は入れなかったが、練習では中旬以降絶好調。1000mで10数年ぶりに3分20秒台を出せた。ハーフだったら、1時間23分ぐらいではいける自信が膨らんでいたが。。。

【5月】

走行距離 266.7km
出場大会 春日部大凧ハーフ1時間31分25秒、黒部名水ハーフ1時間41分22秒

絶好調で臨んだ春日部大凧ハーフは暑さと右もも裏の肉離れでよもやのブレーキ。ここから走りのリズムも運勢も崩れ始めた。以降、風邪ともも裏リハビリと多忙な業務で練習量も落ちてしまった。無理して出場した黒部名水ハーフは6km過ぎで肉離れ再発。あとはジョギングがやっとだった。

【6月】

走行距離 372.5km
出場大会 サロマ湖100kmマラソン9時間27分54秒

肉離れの状態もだましだまし走りながら、大会1週間前に奇跡的に回復。練習タイムはまずまずの自信を胸にサロマに臨んだが、やっぱり走りこめていなかった影響が正直にタイムに出てしまった。不本意だった。

【7月】

走行距離 211.5km
出場大会 なし

サロマのリハビリも軌道に乗りかけた7月中旬にリンパ腺を腫らして40℃の高熱。1週間近く走れなかった間に体力が落ち、復帰後走り始めたら今度は右足首内側が炎症起こしてしまった。以降、この右足首内側炎症は今年いっぱい悩まされ続ける爆弾となった。

【8月】

走行距離 465.9km
出場大会 五島列島夕焼けマラソン(ハーフ)1時間33分11秒

右足首内側炎症の治療を進めながら練習を継続。このころは足首にサポーターを巻いて走っていた。8月29日の五島列島夕焼けマラソンでは爆弾抱えながらも、例年より穏やかな天候にも助けられて久々に自信回復できる走りができた。

【9月】

走行距離 454.5km
出場大会 秋田100kmマラソン8時間58分00秒(完走10回クリスタルランナーを全て8時間台で達成)

練習での好調の一方で、右足首への不安を抱え、大会初の「全て8時間台でのクリスタルランナー達成」の懸かった秋田100kmマラソンに臨んだ。途中胃腸の変調、右足首故障をかばう余り痛めた逆足の故障、そして暑さに苦しんだが、記録達成に向けて懸命の粘りの走り。報われた。。。

【10月】

走行距離 331.1km
出場大会 なし

秋田100kmで、両足甲と足首を腫らしてしまったので2週間休養。月後半から練習のリズムが戻り始めた。

【11月】

走行距離 410.0km
出場大会 横須賀シーサイドマラソン(ハーフ)1時間30分22秒、横浜マラソン(ハーフ)1時間28分58秒

練習では好調だった、しかし、ロングペース走の欠如、そして何よりも大会前日まで食い込んでしまった飲み会の連続で、2大会とも大会に臨む以前の問題だった。

【12月】

走行距離 451.0km 年間走行距離 4536.1km
出場大会 防府読売マラソン(フル)3時間18分58秒

全精力を賭けて臨んだつもりだった防府読売マラソン。練習でも納得できるタイムを出せ、あわよくば5年ぶりのサブスリー、悪くても3時間ひと桁を期待していたが。。。
大会当日のアクシデントで自分を見失ってしまい、痛恨の走り。大いに反省。

【総括】

練習でのタイムも目に見えてよくなり、愛媛マラソンや立川・昭島ハーフなど実際に「結果」として反映した大会もあったけれど、故障やアクシデントなどでせっかくのブレイクのチャンスをみすみす逃してしまった心惜しいところもあった。そんな中でも、9月の秋田100kmではいろいろなアクシデントを乗り越えながら大会初の全て8時間台でのクリスタルランナーを達成できたことは自分自身の中でも一生誇りにできる大切なものを得た。

来年は慢心を戒め、フルマラソンでは6年ぶりのサブスリー、100kmマラソンではいわて銀河と秋田100kmで8時間ちょっとで勝負できるよう、復調を目指したい。

【おまけ】

防府マラソン開会式で、防府市長のはからいで撮影いただいた写真が市長直筆のお手紙添えてきょう届きました。その前にも、けさ思わぬ人から励ましの電話いただきました。

いずれも、大晦日にいただいたうれしいお歳暮代わりのお気遣いでした。防府で報われなかった分まで、ありがたさが染みてきました。。。

Openf (写真中央がわたし、向かって左端が防府市長、右側は開会式で司会していた地元テレビ局のアナウンサー)

       

2009年12月27日 (日)

走り終えて一週間。。。

防府を走り終えて一週間、大会翌日の慰労会(残念会)、祝日出勤、イブの日の業務監査、金曜の年末あいさつ回り、土曜の家内ご家族との忘年会。。。などいろいろありました。
疲れた体と落ち込んだ気持ちはだいぶん癒えてきたかな。。。と思いますが、きょうの練習では25kmをキロ6分20秒ぐらいかかりました。今ごろになって後遺症がでてきているのかなと思います。

防府の写真を2枚。

Goal2最初の写真は、ゴールの競技場内での写真です。不本意な記録ながら、最後ぐらいはしっかり締めて完走しようという思いで走っていました。

次の写真は、今年の7月の集中豪雨で被害を受けた防府市への激励寄せ書きです。わたしももちろん書きました。大会で一生懸命走り、大会を盛り上げることにより、励みになりたいと走りながらも、苦しくなったときにいつもながらの熱い声援で逆に励まされました。。。Dvc00026

2009年12月20日 (日)

防府マラソン

防府マラソン、3時間18分58秒の674位でした。

【5kmごとラップ&スプリット】

21.30-42.28(20.58)-1.03.54(21.26)-1.25.25(21.31)-1.49.09(23.44)-2.14.09(25.00)-2.40.59(26.50)-3.08.27(27.28)-3.18.58(10.31)

前半1.30.10、後半1.48.48、差+18.38

【走評】

走る前に自分にとってたいへん残念なことがあって(私的なことなので言えません)、スタートラインに気持ちを向けることが難しかった。スタート前、水害に立ち向かいながら40回記念大会開催にこぎつけた市長以下市民の熱意にこたえる走りをしたい自分と、私的なことで心揺れ動くもうひとりの自分に揺れて、何度かこみあげてきた。こんな状態でフルマラソンに臨むのは初めてのことだ。でも、スタートラインに立つと決めた以上、そんな普通でない自分の揺れる心をぐっと飲み込み、大会に集中するようにした。

12時02分にスタート、ナンバーカードが700番台なのでトラック内は容易に進まない。1km通過は4分49秒、痛すぎる。そのあと、リラックスを心がけてペースを取り戻そうと走り、以降はキロ4分10秒ぐらいで進み始めた。

入りの5kmこそ渋滞の影響で21分30秒だったが、走りも徐々にいい感じになってきたので、十分サブスリーいけそうに思えた。15kmで昨年の通過タイムに迫ってきた。昨年に比べて断然余裕があるので、昨年苦しんだ市街を南下するコースを乗り切れると信じていた。

しかし、20km付近で足が止まり始めた。ハーフ通過は1時間30分10秒と一線を越えてしまった。22kmまでの折り返し点が長く感じた。サブスリーきついと悟ってから、目標を3時間ひと桁に切り替える。不安定ながら気持ちは前に向いている。しかし北風に行く手を阻まれた上、古傷の右足首がしくしく痛み出した。

交差点を右折して東へ進むコースに変わってから、追い風を捕らえて復調の兆し。リズムよく走っていたがキロ4分50秒ぐらいだったのが不満だった。その不満さが30km手前で走りにほころびを生じさせてしまった。もも裏もぴくぴく痙攣し始め、昨年のような30km以降のリカバリーの期待感の手ごたえは弱かった。

31kmぐらいから持ち直したかに見えたが、33kmの三田尻の上りで足が止まった。踏ん張るとももの痙攣がありそうだったし、右足指の血豆で着地に違和感が発生して、ストライドまで狭まってしまった。ゴール予想タイムも3時間20分」ぎりぎりか?

向かい風を受ける西へ進むコースを38kmまでがまんしてから、リズムが戻った。そして40km過ぎてから遅ればせながらエンジンがかかった。ラスト1kmの踏ん張りが利いて、3時間18分台までは持っていけた。

ゴール後、普通じゃない状態で完走できたことと、揺れる心に負けてしまった自分に対する悔しさから複雑な涙。。。 着替えのテントの中で何度も、そして家内の実家に電話したときにももう一度。

1日も早く立ち直り、2月28日の東京マラソンで悔しさを晴らしたい。

2009年12月19日 (土)

防府前日

落ち着かない毎日と忘年会シーズンをくぐりぬけて、やっと防府マラソン前日にたどりついた。途中いろいろあって走りに集中できない時期もあったけど、気持ちをスタートラインに向けた以上、ただ大会に集中し、ベストのパフォーマンスを発揮できるよう、がんばるしかありません。


大会前日の1000m刺激走は3分34秒。出だしはベストも期待できそうだったけど、もうひと息かな?
それでも体調面では問題なさそうです。あとはハート。折れない心と集中力です。うまくいかないことが続いてもあきらめないで、ゴールを目指します。


今回は第40回記念大会です。水害復興と向かいあいながらこの記念大会開催にこぎつけた市長をはじめとした街全体の熱意を励みに、記念大会にふさわしい走りをしたい。

2009年12月13日 (日)

防府まであと1週間

最近、週刊と化してすみません。

練習のほうは、忘年会シーズンとインフルリスクを何とかかわしながら予定通りこなせています。肝心の調子のほうはというと。。。

土曜に本牧で3000m刺激を入れて記録は11分50秒(3.52-7.50(3.58)-11.50(4.00))
ラスト1kmのひと伸びが足りなかったけれど、走りにいいリズムができているので好調。。。と手ごたえを感じました。

そして、きょうの多摩川堤での8000mペース走。
調子よさそうだったので、設定タイムは32分前半でしたが。。。
走り出すと、行きの向かい風、睡魔、寒さが重なっていきなりキロ4分半オーバー。これではウルトラマラソンと思いながら風の弱まるのと体が動き出すのを辛抱強く待つ。2kmで刻んだキロ4分44秒は何とかキロ4分30秒には戻せた。前半は18分21秒のキロ4分半ペースで撃沈。
追い風となった後半、4km15分半でカバーしたかったが、遅いペースに慣れてしまい、16分も切れなかった。ゴールタイムも34分すら切れなかった。

【ラップ】
4.33-9.17(4.44)-13.48(4.31)-18.21(4.33)-22.19(3.58)-26.24(4.05)-30.34(4.10)-34.25(3.51)
※前半18.21、後半16.04、差△2.17

これまでの練習内容に過信があったと思います。防府に向けて「ダメだし」をした感じです。
あと1週間で軌道修正して、万全の体調で臨めるようにしようと思います。

2009年12月 6日 (日)

防府まであと2週間

今週は水木が飲み会、金土が月次経理締め対応と思うようにいかない一週間でした。木曜朝は不覚にも二日酔いで朝練パス。翌朝リカバリーしようと思ったけれど15kmがやっとでした。

防府までいよいよあと2週間、公式ホームページに出場選手の氏名とナンバーカードが掲載されてました。今回は752と大きめの番号。昨年は469だったかな? 2年間のベスト記録が3時間6分だから仕方ないか。。。 発奮材料にしよう。

土曜出勤前に20km走に1000m2本。
1本めは3分40秒で2本めは3分50秒でした。手応えある走りでしたが、腹痛と向かい風のため、2本めはブレーキでした。どうも木曜夜に食べたモンゴルなべの薬膳効果でお通じがよろしくなって、金曜からお尻のあたりがひりひりしていたんです。土曜まで引っ張ってしまいました。

そしてきょう日曜は多摩川堤にでかけ、六郷からニコタマを往復する26km走。
帰り道に4000m走の刺激を入れてみたら15分24秒。意外にも走れました。

(ペース:3.46-7.43(3.57)-11.37(3.54)-15.24(3.47))

ここ2週のハーフマラソンは飲酒明けのハンディ(?)があったし、先週の横浜マラソンでも最初の1km3分47秒だったので、このぐらいで走れても不思議でなかったと思います。昨年は4km16分切れなかったし、15分半切れたのは5年ぶりですから、2週間後の防府が楽しみな体調です。
右足首内側が少し痛むことと、飲み会をいかにすりぬけるかがこれからの課題です。

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