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2008年8月10日 (日)

羽根を伸ばして、久々に

 
昨日業務が終わったあと、品川から新幹線に乗って大阪へ。尼崎の駅前のホテルで一泊して、きょうは朝練習後、写真の通り甲子園球場へ3年ぶりでした。バックネット裏で快適にと思っていたのに、チケットはすべて売り切れ。近畿勢同士の好カードの影響か?
やむなく、無料開放している暑い暑い外野席へ。その外野席も空いている席をさがすのにひと苦労。バックスクリーン横の席を確保できたけど、途中から通路で立ち見が出るほどでした。
 
試合のほうは観戦した2試合とも延長戦と白熱してました。さすがに2試合めは帰りの時間を考えてやむなく途中で退席。球児たちの一生懸命と盛り上がる声援を心地よく感じながら、かちわりとビール。暑かったけど、プレーに集中していたので苦にはなりませんでした。
 
 
それと、朝練習では5時に起床してかつて住んでいた家の前を通って武庫川河川敷へ。2年4か月ぶりでしたが、かつて走り慣れたコースを走りながら当時のことを思い出し、感慨深かったです。途中で3000mの刺激をいれたら、体にもちがへばりついたような重たい動きに支配され、13分19秒もかかって沈没。20日あまりのブランクの大きさを感じました。
 
合計28kmの練習でしたが、途中で3年前の列車事故の現場前を通りました。今では列車が突っ込んだマンションはいくつかの爪跡を残しながらも外見上は現状復旧し、行き交う人たちも何事もなかったかのように通過していたけれど。。。
マンションの前にはガードマンの方がいて、「おはようございます」と挨拶されて足を止めたら、マンションの奥に献花台が今でも用意されていました。何とも言えない気分になって言葉が出てこなかった。
 
あすは人間ドック、ちょっとだけプレッシャー。

2008年1月30日 (水)

二日酔いあけ

きのうの責任者会議後の送別会、下僕に徹しつつちゃっかりビールに老酒を激飲(?)してきました。ほんと、ずうずうしいですね。勧められた盃は「184」と言わず気持ちよくごちそうになったものですから、次々と注いでいただきました。下僕のわたくしに。

おかげで、帰宅の電車に乗るころから意識が飛び始めました。電車を乗り越したあと、道草(寄り道とも言います)して帰ったようで、われながら情けなかったです。そんな状態ですから朝は当然二日酔い。起きるまで時間を要し、けさの練習は55分JOG。二日酔いが致命傷でなかったのは救いでしたが、せっかくの好調ムードに水を差した感じだったので、後悔を引きずりながら走ってました。

仕事はノー残業デーにつき定時帰宅。家では夕食食べながら「ハンド」の再試合をTV観戦。もう一歩だったけれど、クリーンな、きびきびした試合は見ていて気持ちよかったです。高校ではハンド部だったわたし、試合を見ること自体そのとき以来だったと思いますが、「走・攻・守」の三拍子そろった激しい動きを求められるスポーツの醍醐味を懐かしく思い出していました。ほんとう、ハードなスポーツですよ。ジャンプシュートも簡単そうに打っているけれど、見た目ほど簡単じゃないんです。ポストプレーもディフェンスのボディチェックに耐え、フットワークも求められるのでたいへんでした。

…公式戦でたった1点しかとれなかったへぼ選手の回顧録でした。

2007年8月27日 (月)

世陸ナマ観戦

東京大会以来、16年ぶりのナマ観戦。写真はTYSON GAY 選手のウイニングラン。世界最速を決める決勝を目にできてしびれました。もちろん、日本選手の全力を尽くす姿に声援送りました。皆さんあと一歩だったけれど、精いっぱいさが伝わってきて、うるっときそうでした。朝原さん、決勝に進めなくても、すばらしい輝きを放っていましたよ。
 
16年前と比べ、盛り上げるための演出や効果音にいろいろ工夫されていて、時の変化を感じました。
 
 
あっ、それと朝練習で大阪城公園を走っていたら、な・なんとあの尾方選手が前方からご登場!
そっくりさんが巡り会う神さまがくれた偶然、目の前にきたとき、「鏡を見ているようだ」って思いました。

2007年8月26日 (日)

おひさしぶりの大阪

長崎経由でたどりついたのは大阪。転勤以来一年四カ月ぶり。覚悟のとおり暑い。午後3時すぎでも気温36℃、酷暑です。わたしならば、こんな気象条件でフルマラソン走れません。

大阪駅構内のホテルに荷物置いてから、長居競技場へ行ってきます。もちろん、「世陸」ナマ観戦です。

2007年7月21日 (土)

因縁対戦

昨晩寝つきが悪くて睡眠時間はナポレオン。しかも午前中に病院へいく用事があるので、まったりしているわけにはいかない。そんなことで、自宅出発時間から逆算してぎりぎりのところで2時間走。前半は湿気と眠気のWパンチでさえなかったが、時間が決まっているという緊迫感が走りに刺激を与えてくれた。


さて、表題の因縁対戦、高校野球県大会3回線で母校の対戦相手が奇しくもおじの母校。身内決戦ながら勝機たっぷりと思ってましたが結果は4対11のまさかのコールド負けでベスト8ならず。母校の夏は終わった。「行ける!」と読んでいたことが実現しないとくやしさはより一層募ります。おじさんに花を持たせたかたちとなりましたので、8月の富山帰省時に「思いっきり」歓待していただこう。


病院に行ったあと、家内のご家族交えて、イタリア料理なのに「鯖」ではじまるお店でお食事会。腹一杯食べ、ワインを浴びるように飲んだけれど、このあと旧職場でのOB会が控えている。
夜は長いぜ。

2006年8月 4日 (金)

たとえ体が重くても。。。

朝練習では、重たい体重ながらこれまで忘れかけていた軽快なリズムで走れた。たとえ体が重くても、このような動きを続けていけばきっといつかはよくなるだろう。「重」に「力」と書いて「動」です。だから、重たい体に力を加えれば「動き」となるんです。このことを念頭において練習していこう。

話は変わり、今日本中で話題となっている「微妙な判定」ですが、このときの試合を見ながら、33年前の元世界チャンピオン大場政夫さんの試合を思い出していました。1973年の1月初旬、5度目の防衛戦で「今回」と同じく初回にダウンを食らいながら粘りに粘って土壇場で逆にダウンを奪って見事な勝利。大場さんはよく序盤にダウンを食らっても、最後は必ずダウンを奪い返すたくましさがありました。当時小学2年坊主の自分にとっては、まぶしく見えるヒーローでした。だから「今回」も、33年前の大場さんと同じことができたら、彼はとてつもなくすごいボクサーだと思い描いていました。

しかしながら願いはかなわず、あのようなもやもやした結末になってしまいました。現時点では幻のボクサー大場さんにはなれなかった。でも、「次」がある。マスコミはあれこれと、商品価値が落ちたとか王者を返上すべきなどマイナス面ばかり強調するけれど、本人は決して悪くない。記者会見での彼のコメントを聞いて安心した。もっともっと練習して、次すっきりと勝てばいい。だから、しばらくそっとしてやって欲しいと思う。久しぶりに「ゼニの取れる選手」が登場したのだから。

大場さんの話しに戻り、5度目の防衛を終えてからたった1ヶ月の間に、大場さんだけでなく、わたしの父も他界してしまった。当時幼なかった自分にとって、ショックが2度続いたつらい時期だった。あれからもう33年か。。。

2006年7月29日 (土)

土曜の「ひと仕事」

朝早く2時間走ろうと思っていたけれど微妙に寝坊。10時から「ひと仕事」(詳しくは後述)があったので、8時からの出走では遅い。結局10時までおとなしく待つことにした。

「ひと仕事」とは、大友さんの武道館コンサートのチケット手配。プレオーダーで落選してしまったので、きょうの一般発売に回った。なかなかサイトにつながらなかったが何とか手配完了。アリーナ席は無理で2Fスタンド席となったが、会社に入社したころから数年間、大友さんの曲にお世話になったので、ナマで聴けるだけでも○です。最近では、いま日本でいちばんアツイプロボクサーが試合に勝ったあとの「儀式」で大友さんのナンバーを熱唱している。「f」が2つ並ぶ曲が出た頃に生まれたはずなのに、時を超えて歌ってくれるのはとてもうれしく感じる。(父がボクシングと一緒にたたきこんだのだろうか?) 今度の世界戦のあとでも、その「儀式」が見れるといいなと願ってます。

それはそうと、どんなナンバーを当日(9/2です)演奏してくれるのか、楽しみにしています。

外を見ると暑そうだったので、しばらく家の中にいて、8月以降の大会予定を考えていた。こちらも、別の意味で「ひと仕事」かもしれない。8月最終週の五島列島夕焼けマラソン(ハーフ)と10月中旬の四万十川100kmの間隔が空いていたので、9月23日にロードレース千倉(ハーフ)を一本入れた。試合感覚が鈍らないようにということと、四万十への足合わせがねらいです。大会は土曜で朝イチで横浜から房総半島の先っぽまで移動するのはきついので、金曜の業務終了後木更津まで移動して前泊し、当日朝千倉へ移動することにした。そして走り終えたあとは、昔ながらの雰囲気を残す小さな料理宿で骨休めの一泊してきます。(せっかくなのでちょっと奮発しました。)

10月の四万十川100km以降の予定は、11月がブランク以外は未定。12月は青島太平洋にするか近場にするか決めかねています。もうちょっと時間かけて考えよう。

今日の練習は、国道16号を北西に進み相鉄線の二俣川駅まで足を伸ばした。走り出す頃は曇り空だったが、蒸していて思うように走りがフィットしなかった。途中で小雨に降られたが、程よいお湿りだった。

あすは、家内の実家に行ってきます。その前に時間をかけて走っておこう。

2006年7月28日 (金)

区切りの日

けさは何か「祭りのあと」って感じ、きのうよりも冷静な自分がいた。きのうと違って、きょうはまずまずの調子に戻った。そういえば、きのうの朝はよそ行きの感じがした。

会社ではきょうで退職される方を送り出す日、区切りの日を気持ちよく迎えられるよう何かと気を遣った。定時が終わるまで気が抜けなかったので、ひと役目終えるとどっと疲れが出た。

そういえば、きのうまで母校を応援していた高校野球もきょうは県大会決勝。こちらも区切りの日でした。きのう母校に勝ったところが県代表になった。小さな町からの代表ということで、とても価値あることに思える。今度は県代表の夏を応援する番だ。今年4月までの2年間は尼崎にいたので、甲子園には手軽に3度観戦にいけた。今年は横浜市民なので難しいですね。TVの前で応援しよう。そして甲子園の代わりには、交流戦以降痛々しいほどの調子の「G」をドームでナマ観戦です。チケットも一塁側一階席があっさり取れた。悲しいかな、これが今の調子か。。。

ここ数日栄養取りすぎたので、土日はしっかり走ろう。暑くなる前に。。。

2006年7月27日 (木)

Thanks!

気になっていた高校野球県大会準決勝、母校は0対19と予想もしない大差での敗戦。昼休みになったとき、期待に胸躍らせ、祈る気持ちで大会結果速報を見たら、あまりの木端微塵さにしばらく言葉を失う。そういえば、26年前の準決勝では8回7点差でのコールド負けだった。(…あのとき小雨降る中、連投のエースが帽子を飛ばしながら富商に立ち向かっていく姿に心打たれた!) 点差ほどの実力差はないと思っていただけにショックは大きかった。何ごとにもおいても、相手が投打にわたって上手だったということだろう。

でも、ここ数日、しばらくどこかに忘れかけていた夢と希望を呼び戻してくれた健闘ぶりには拍手です。6点差の逆転、9回2アウトあと1球からの3点差逆転劇など連日のミラクルぶりは、「あきらめない心」の大切さを教えてくれた。ありがとう。

もしも決勝に進出したら、実家から走って20分のアルペンスタジアムに応援に行こうかなとひそかに考えていたけれど「幻」となってしまいました。来年以降も、同様の活躍ぶりを見せてくれることを祈っています。

あすからまた、マラソンモードに戻ろう。。。

2006年7月26日 (水)

余韻

昨晩は母校のベスト4進出の余韻でよく眠れなかった。おかげで朝走り出すまでひと苦労だったが、走り出すとどうってことはなかった。久々の夏を思わせるお天気と盛り上がっている気分が心地よかった。

走り終えた後、富山の実家の母へ久々の電話。こんどいつ帰るっていう話、自分自身の調子、療養中の家内の様子などいろいろ話したあと、「母校、野球強いね!」って話しを向けたら、「へぇ~」って予想外のリアクション。野球はせいぜい巨人しか知らない程度ですから、高校野球で今何が起きているかということはよくわからないみたい。26年前もきっとそうだったと思う。むしろ、野球よりも、わたし自身と家内の様子のほうがよっぽど心配みたい。仕方ないか。。。

きょうは大会休養日だったので応援もひと休み。この前26年前のことを書いたことをきっかけに、この前書ききれなかったことなど、いろいろと思いを巡らせた。あと1勝、2勝は難しいと考えるよりも、昭和44年(だったと思う)の当時1県1校制でなかったころに県代表として地区代表決定大会に出場したこと(当時5歳、自分自身の目では見えていない)、20年ぐらい前に春の県大会で優勝したこと(学生時代、GWで帰省中にTVで見た記憶あり)など、プラス材料をさがして希望を持つこととした。

よく「無欲の勝利」って言うことがあるけれど、わたしの実感としては「無欲」というよりも「普段どおりの自分を発揮すること」が正しい表現と思う。自分自身において、これまで結果を残してきた大会(たかが知れているレベルではあるけれど)ではどれも、いい記録・いい順位を残したいという気持ちはあったにせよ、それ以上に「よそ行きではない、自分のありのまま」を発揮しようという気持ちに支えられたことが大きかったと思う。もちろん、その背後には納得の行く練習を積めたという満足感と自信はあったけれど。。。

あすの勝負のゆくえを楽しみに待つことにします。

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